20:震える手をそっと
「は、はい。ありがとうございます……」
急な出来事に心臓がバクバク鳴っている。
もしもルカ様がいなかったらどうなっていたことか――想像だけで寒気がする。
いまさらながら足が震え、私は両手を強く握った。
「やっと死んだか」
ルカ様は剣を収め、それから青ざめて震えている私に気づいた。
少し考えるような顔をした後、私の手をそっとその手で包む。
「え、……あの」
「震えが止まるまで」
意外なほど優しい声で言われて、私は緊張を解いた。
私はルカ様の守護聖女であって、本来ルカ様を守るべき立場だというのに、全く情けない話だ。
でも、いまは彼の優しさに縋っていたくて、私は彼の手を握り返した。
「お見事です、ルカ王子。私の出る幕がありませんでした。その強さがあれば、私の護衛がなくとも大丈夫そうですね」
アルバートさんが近づいてきた。
「ああ。村長の家には二人だけで行ける」
「では私は防衛線に復帰いたします。お気をつけて。どうかこの村をよろしくお願いいたします」
頭を下げてから、アルバートさんは走り出した。
彼が向かう先にいるのは村の郊外で魔物と戦闘している集団だ。
服装からして神殿騎士と村の自警団だろう。
中には冒険者ギルドから来たらしく、戦闘には不釣り合いな軽装で戦う者もいた。
「急ごう」
ルカ様は私の手を引いて歩き出した。
焦りを示すように、普段より歩調が早い。
「むー……嫌なとこに連れて来られたわ。妖精は繊細なのよ。瘴気に侵されて頭がおかしくなったらどうしてくれる」
アルバートさんがいなくなったからか、ルカ様の外套のフードの中からプリムがぴょこんと顔を出した。
彼女の服はドレスから可愛らしいひざ丈のワンピースに変わっている。
セントセレナで服を新調し、それじゃああたしはこれで、と飛び去ろうとしたプリムをとっさに引き留めたのは私だ。
私に妖精を助けろと言った人物(?)の意図は不明だけど、あれは多分、
だって、妖精を助けてそれで終わりなんて、そんなわけがない。
プリムは私たちの行き先が瘴気に侵されたディエン村だと知って渋い顔をしたけれど、なんとか拝み倒して同行してもらった。
「助けてもらった上に服まで買ってもらったからね。借りは返すわよ」というのがプリムの弁。
「ごめんね、付き合わせて。どうしてもプリムにいて欲しくて……でも、身体が辛いなら無理にとは言えないわ。残念だけどここでお別れ……」
「あーあー、いいわよ、このくらいの瘴気なら気合で乗り切れるわよ。それに、ルカの外套には強力な護りの加護がかかってるみたいだからね。ここにいれば平気」
湿っぽい空気は苦手だとばかりに、プリムはひらひらと片手を振った。
「この加護を授けたのはステラだったりする?」
「うん、そう」
出発前に全力で祈りを込めた。
もちろん、自分の外套にもだ。
「なるほどね。あんた、なかなかやるじゃないの。この外套があれば瘴気の噴出口に突っ込んでもしばらくは持つわよ、きっと」
「そんな危ないことしたくないなあ……」
「二人とも。雑談はそこまでだ」
村長の家がある丘の前に着き、ルカ様は握っていた私の手を離した。
「はい」
「はーい」
プリムがフードの中へと引っ込む。
私とルカ様は丘の坂道を上り、この村で一番大きく立派な二階建ての家屋――本陣がある村長の家に着いた。
家の周りには十人ほどの村人がいた。
老若男女問わず、誰もが暗い顔で、遠くで展開されている戦闘の様子を眺めたり、ぼうっと空を見上げたりしている。
数人の目線はこちらを向いたから、私たちのことは気になっているようだけれど、誰何する気力もないらしい。
彼らの横を通り過ぎて玄関の扉を開けると、玄関ホールは避難所と化しているらしく、敷かれた敷布の上に二十人程度の村人が座っていた。
壁を向いて蹲っている老人に優しく話しかけたり、癇癪を起こしている子どもの世話を焼いたりしているのは村の診療所の人たちか、あるいは神殿から派遣されてきた救護班だろうか。
もう何日もろくに入浴できていないのであろう人間の体臭に交じって薬草や消毒液の香りがする。
二人しかいない聖女の神力を温存するために軽傷者は手当てだけで終わらせているらしい。
母親の腕の中で泣いている赤ん坊の声を聞いていると、早くなんとかしなければ、という気持ちがより一層強くなった。
「なんだありゃ。誰だ?」
村人たちの間で怪訝そうな声が上がった。
「ほら、王宮から視察が来るって話だっただろう」
「ああ。じゃあ、あれが使者か。身なりだけは立派だが、本当に俺らの役に立つのかよ……」
村人たちの値踏みするような視線を浴びながら階段を上り、ルカ様は二階の一室の扉をノックした。
アルバートさんに『扉に鷲の紋章が彫られている部屋』と聞いていたから、目当ての部屋はすぐにわかった。
「失礼する。王宮から視察に来た、第三王子ルカだ」
「どうぞ」
短く、野太い声が返ってくる。
入室すると、そこには四人の人間がいた。
屈強そうな三人の男性と、それから細身の金髪の女性が一人。
地図を広げたテーブルの前に座っているのがこの村出身のSランクの冒険者であり、総指揮権を持つギオンだろう。
左目の下に傷があり、いかにも歴戦の戦士と言った風格である。
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