24:呪われてなんかいませんよ?

「……行く」

 妖精は四枚の羽根を動かして空中を滑るように移動し、ルカ様の手のひらの上に舞い降りた。

 足を畳み、ちょこんと座る姿が愛らしい。


「行くけどさ。他の人間に狙われたらちゃんと守ってよね。店に行くふりをして闇市で売り払ったりしたら末代まで呪ってやるわよ」


 妖精は七色の瞳でルカ様を睨みつけ、人差し指の先端を向けた。


「ああ。そんなことはしない。何があっても守ると約束する」

 ルカ様は妖精を大事そうに手に持ったまま歩き出した。

 私もルカ様についていき、隣に並ぶ。


「ふん……」

 妖精はチラッとルカ様を見てから、またそっぽ向いた。


「あんた、人間にしては良い奴じゃないの。褒めてやってもいいわよ」

「ありがとう」

 ここまで偉そうにされるとむしろ痛快なのか、ルカ様はなんだか楽しそうだ。


「名前を聞いてもいいか? 檻の中で聞いていたかもしれないが、俺はルカだ」

「私はステラ・コーレン」

 自己紹介の機会を逃すまいと、私はすかさず名乗った。


 バーベイン様から家名と戸籍を頂いた私はエメルナ皇国の下民ではなく、アンベリス王国の平民ステラ・コーレンになったのだ。


「プリムローズよ。珍しい七色のプリムローズの上で生まれたからこの名前なの」

 その名前に誇りがあるらしく、妖精は胸を張った。


「長いな。プリムと呼んでいいか?」

「……妖精女王から頂いた名前を略すの……まあ、許すわ。ルカはあたしの恩人だし」

 プリムは不承不承といった顔で頷いた。


「私もそう呼んでいい?」

「……ルカのついでに許してあげる」

「ありがとう」

 微笑む。


「ならプリム。妖精の瞳は一切の呪術や幻術を見破る『真実の瞳』だと文献に書いてあったが、それは本当なのか?」

 広場の入り口で足を止め、ルカ様は真剣な表情で尋ねた。


「『真実の瞳』を持つのは一部の特別な妖精だけよ。でもルカは幸運ね。妖精女王の18番目の子どもであり『真実の瞳』を持つこのあたしに出会えたんだから」


 プリムは胸に手を当てて自慢げに上体を反らし、すぐに手を下ろして首を傾げた。


「事実かどうか確認するってことは、あたしの目で見て欲しいものでもあるの?」


「……ああ」

 覚悟を決めるような数秒を置いてから、ルカ様は尋ねた。


「俺を見て欲しい。俺には何か……呪いがかかっているのか?」


 まるで世界までも息を潜めたかのように、この瞬間だけ風が止んだ。


 どうか否定して欲しい――

 私はルカ様の隣で唾を飲み込み、祈りながらプリムの言葉を待った。


「いいえ? ルカには何の呪いもかかってないわ」

 プリムはあっけらかんとした口調でそう答えた。


「そ――」

「やったー!!」


 私はルカ様の台詞を打ち消すほどの大歓声を上げ、プリムの発言内容よりも私の声量に驚いているらしい彼の手を握った。


「やっぱりルカ様は呪われてなんかいなかったんです!! 王宮では呪われた王子とかなんとか言われてましたけど、みんな嘘だったんですよ!! 王宮に戻ったらすぐにノクス様にご報告しましょう!! きっと喜んでくださいます!! ギムレット様にも陛下にもご報告しなければ!! なんといっても妖精のお墨付きなんですから、これはもう間違いのない事実ですよ!!」

 喜色満面でルカ様の手をぶんぶん上下に振る。


「……俺よりお前のほうが嬉しそうだな」

 ルカ様は笑っている。


「それはもちろん、守護聖女として喜ばずにはいられませんよ!! おめでたい!! 本当に良かった!! 今日は良い気分で眠れそうです!!」


「でもさあ、ちょっと気になることがあるんだけど……」

 プリムが何か言ったため、私はお喋りを止めて妖精に顔を向けた。


「何? どうしたの?」


「……いや、こんなにうじゃうじゃ人がいれば呪われてる人がいてもおかしくないか。きっとすれ違ったか、ぶつかった拍子に残滓が付着したんでしょう。二人とも、っていうのがちょっと奇妙だけど、あり得ない話じゃないわよね」

 顎に手を当てて俯き、プリムはぶつぶつ呟いている。


「何? 何を言ってるの?」

 小さな声を聞き取るべく耳を近づけようとしたら、プリムは首を振って私を制した。


「なんでもないわ。あたしの服を買ってくれるんでしょ? さっさと行きましょう」

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