第4話

- ネクロ4話 -

「おはようさん」


 太陽が出てからまだ1時間もたっていない朝方鬼姫は目を擦りながら茣蓙から起き上がる。


「おはようございます」


 白蛇は昨日から振るい続けていた木刀を止めて、鬼姫に返す。


「そういえば、武器強化魔法の具合はどうじゃ? 昨日まぐれで少し使っとったじゃろ?」

「あぁ、あれですか? あれからずっと練習して……ほら」


 白蛇は木刀に魔力を込める。


「使えるようになりましたよ!」

「なに!?」


 その言葉を聞いて鬼姫は目を見開いて驚く。


「え? これって凄いんですか?」

「いや……ここまで短時間で使えるようになるとは……」

「僕ってもしかして天才ですか?」

「人間なら天才の部類だったじゃろうなぁ、あとは瞬間消費魔力量が多ければじゃが」


 白蛇はある部分に引っかかる。


「人間ならってどういうことですか?」

「お主はアンデットじゃろ? どれだけ経っても死なないお主にとって10年かかって魔法を使えるようになろうが1週間で習得できようがそこまで大差はない、これが人間なら限られた寿命の中でどれだけの数の魔法を習得できるかが重要になるんじゃがなぁ」

「確かにそうですね、使えれば問題ないわけですから」

「まぁ、良いそろそろ出発するとするかのぅ」

「そうですね」



 太陽が最も高く上ってから数時間が経った頃。


 「あれですか‼ ︎フィーレメント帝国って」


 白蛇が指を差した方のずっと先に小さなビルの影が映っていた。


「うむ、あと迂回しないといけないから1日はかかるがの」

「1日!? 1時間ぐらいで着きそうですけど……」

「色々と理由はあるんじゃがの、一番大きな要因は魔道人形同士でずっと戦争しとるからのぅ

「戦争ですか?」

「うむ、もともとフィーレメントという国は魔法の応用で工業が進んでおっての、フィーレメントの国境付近では魔道人形が戦闘データを取るための実験をしとるんじゃ」

「なんですか、その魔道人形とか戦闘データを取るための実験とかって?」


 白蛇は尋ねた。


「まぁ、知らんじゃろうなぁ……えーとそうじゃの、まずは魔道人形からいこうかの、一言で言うとロボットじゃな」

「ロボットですか?」

「うむ、魔力をガランジウムの中に込めてそれを動力源にして動かすんじゃよ」

「ガランジウムって確か……凄い優秀な金属でしたっけ?」

「うーむ、まぁそんな感じじゃ。よく魔力を伝え魔力をよく貯める金属じゃな」

「なるほど、結構いい素材で出来てるんですね」

「マフィアが十数人で叩き壊してパーツを盗むぐらいには価値があるらしいのぅ」

「この世界にもマフィアがいるんですね」

「まぁ、悪人はどこの世界にもいるもんじゃよ」

「で、あと何でしたっけ……」


 白蛇はひんやりとした自分の顎に手を当てて。さっきの会話を思い出す。


「戦闘データを取るための実験がどうちゃらこうちゃらとか」

「あーそれかのぅ、魔導人形同士を戦わせてデータをとって機械に学習させてるらしいんじゃ」

「じゃあすっっとフィーレメント周辺では戦争みたいなのが起きてるんですか?」

「そうじゃのぅ、ずっと魔法弾が飛び交ってるわけじゃ、じゃから道を選んで進まねばならん」

「なるほど」

「さて、妾一人ならともかくお主がおるんじゃ、奴らに見つからんように、夜まで待つとするか」


 和傘を日傘がわりにするためゲートから出して、茣蓙を敷く。


「なんか……すみません」

「よいよい、妾じゃなかったらもう少し楽な方法で入れたんじゃがのぅ」

「どう言うことですか?」

「普通なら、帝国側に連絡して手続きをすれば入れるんじゃが、妾結構なお尋ね者でのぅ入れんのじゃよ」


 鬼姫は恥ずかしそうに頬を掻く。


「な、なるほど……」


 それを見て白蛇は苦笑いで返した。


 ◇


 灼熱の太陽が地平線に沈み満月の月明かりが優しくあたりを真っ白に照らす。

 乾燥した砂漠では雲ができず熱が外に逃げてしまうため、三十度後半ほどあった気温は零度近くまで下がっていた。


「起きてください、そろそろ頃合いじゃないですかね?」

「もうそんな時間かのぅ」


 鬼姫は目を擦り数度瞬きをし、伸びをする。

 

「時間の流れは早いのぅ」


 地面に突き刺した和傘を抜き取り茣蓙をしまう。


「ほれ、お主そろそろ向かうとするかのぅ」

「そうですね」


 二人は砂の波に足跡をつけながら、遠目に見えるビルに向かって歩きだした。

 あれから30分、3メートル程の金網に「立入禁止」の文字が書かれてある、ただそれだけの簡単な囲いだった。


「雑な囲いですね」

「まぁ、人が入った方が良いデータが取れるんじゃろう」

「なるほど、魔導人形でしたっけ?それだと戦闘力が一定ですもんね」

「うむ、あとはアレの影響も大きいじゃろうな」


 鬼姫はずっと遠くを指差す。

 目を凝らすと鬼姫の指差した先には高さ15メートルほどの大きな壁、その壁の端が見えないほど広がっており、100メートルおきに監視塔が付いている。そして監視塔から放たれるサーチライトが地面を舐めまわしている。


「あの壁があるせいで簡単には入れんようになっておる」

「え? どうするんですか?」

「大丈夫じゃ策はある」

「なるほど、ここを抜けてからのお楽しみ、と言うわけですね」


「さてと」そう鬼姫は言ってゲートから鬼姫は黒い鉄製の鞘に金で桜が描かれたいつも使っている日本刀を取り出す。

 刀を抜き金網を切り裂き、人が通れるほどの大きさの穴を開ける。


「ほれ、行くぞ」


 鬼姫はゲートから白蛇の木刀を2本投げて渡す。


「随分と豪快ですね」

「どうせフィーレメントに入れば遅かれ早かれバレるんじゃ、隠れようとしても無駄じゃよ」


 白蛇と鬼姫は金網に開いた穴を潜る。

 

「ここからは戦場じゃ、気を引き締めるんじゃよ」

「なんか……緊張しますね」


 白蛇は木刀を握る手にぎゅっと力を込める。


「妾について来い、遅れるでないぞ」


 鬼姫は小さな身長をさらに低くして駆ける。

 それに続いて白蛇も後を追う。

 走っている最中に違和感を感じて、感覚を研ぎ澄ませると広範囲にかけて僅かな魔力を放出しているのを感じた。


「魔物と比べると魔力が少ないんですね」


 鬼姫は崩れかけた人工物に身を隠し、白蛇も続く。

 鬼姫はあたりを警戒しつつ白蛇に返す。


「お主よ、こいつらの魔力を感知できるのか?」

「はい、微かにですけど……」


 鬼姫は小さな人差し指を曲げ唇に当て思考を回転させる。


「……変更じゃ?辺りにどれだけの数がおる、場合によってはゴリ押しで通れるぞ!」


 鬼姫の表情はパッと明るくなる。


「半径1キロ圏内ですと500————いや600前後ですね、もっと正確な方がいいですか?」

「いや、良い1000もおらんのじゃろ? おそらく3分の2はデコイじゃ。200程度なら正面から殴り合っても負けんよ、もっとも全部本物じゃとしても結果は変わらんがのぅ」

「頼り甲斐がありますね」

 

 鬼姫は「さて」と言って立ち上がりゲートから黒く塗装された金属製の弓を取り出す。

 シンプルな作りの金属製の弓は人間ではとても弾けそうにない。


「戦争でも始めようかのぅ」


 数枚の札が巻かれた矢を構えた。


 ◇


 最初にその異常を感知したのは魔導人形を統括する魔動力式コンピュータの一つだった。

コンピュータの指揮する魔導人形の5体の消滅。

 通常時でも稀に魔導人形の故障や魔物による破壊などの要因で消滅することはあるが5体同時に消滅するというのは明らかな異常事態だ。

 即座に辺りの魔導人形を警戒に移し、他の管轄の魔導人形にも応援を要請する。

 彼らコンピュータ達は普段は互いの魔導人形を戦わせ、戦略データをより強力にするために切磋琢磨しているのだが、何か異常が起こった時には協力し原因を排除する。

 まず最初に始めたのが異常の特定だった。

 魔導人形が最後に残した記録を元に何があったかを瞬時に組み立てる。

 記録を見ると何かの飛翔物が爆発し辺りの魔導人形を巻き込んだということがわかった。

 捕らえられた映像を解析し飛翔物の飛ばされた角度、速度、形状を即座に割り出し逆探知を開始する。

 ここまでを瞬時にやってのける辺りにこのコンピュータのスペックの高さが窺える。

 魔力反応と魔導人形のカメラにより、飛翔物の発射元を特定する。

 そこに映ったのは微弱な魔力を発する175センチほどの人型と全く魔力を感じない130センチほどの人型だった。


 ◇

 

「お主、妾の後ろにおれ、庇えきれんくなるから良いと言うまで出て来るでないぞ」

「はい」


 白蛇の短い返事の後紫色の光の筋が鬼姫を目掛けて飛んでくるのが見えた。

 鬼姫はゲートを開く。

 ゲートの中からはひとりでに『守』の札が大量に飛び出し鬼姫の正面を囲うように並ぶ。

 触れた光は札に当たり弾けて散った。


「すごい!」

「気を抜くんじゃない、まだまだ来るぞ!」


 横殴りの嵐の様に飛んでくる光の矢、その無数の光を札が受け止める。

 それを見ながら鬼姫はゆっくりと弓を引き、目に魔力を注ぎ込む。

 白蛇は何度か見たことがある、鬼の眼を利用した透視だろうと予測した。

 弓を放つのと正面の札が横に逸れ矢の通り道を形成し、すぐにまた元の『盾』に戻る。

 数秒後大きな爆発音が耳に入った。


「あと2つじゃの」


 同じように下を向き矢をつがえて体を起こす。

 先程狙ったところより少しずらして、手を離す。

 これを作業のようにもう一度繰り返すと、ゲートを開き弓をしまった。


「さて、ここからはお主にも活躍に場を与えるとしようかのぅ」

「え!? 僕ですか?」

「うむ、ほれ行くぞ!」


 バッと『守』の札が左右にはけ、鬼姫は走り出す。

 走り出した鬼姫を追尾するように札は飛ぶ。


「早うせんと置いてくぞー」

「待ってくださよ!」

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