あなたが望んだ事です

ひとみん

第1話


「ミアに子どもができた」


ここサウス国の国王でもあり、夫でもあるラウルが苦悶の表情で妻に告げた。

告げられた妻でもありこの国の女王でもあるパトリシアは、紅茶を飲もうとカップを口に付けたまま微かに片眉を上げた。


そして、カップをソーサーに戻すと「さようですか」と一言。

近くにいた侍女に紙とペンの用意と、宰相を呼んでくるよう告げるとラウルに視線を戻し微笑んだ。

小首を傾げれば、天の川の様にきらめく銀髪がさらさらと肩から零れ落ち、宵闇に向かう空の様な鮮やかな紫眼。それはまさに月の女神の様に美しい。

年を追うごとに美しくなる妻に、ラウルは目を奪われた。

「ラウル様、一つ確認なのですが」

「・・・っ、な、なんだ」

声を掛けられ、見惚れていた事を誤魔化すようにゴホンと咳を一つ。

そんな夫の事など気にする事もなく、パトリシアは優雅に微笑んだ。この会話には似つかわしく無い、優雅な微笑みで。

「わたくし達の間には、既に三人の王子がおります。側室を持つ意味がありません。ましてや、この国では側室制度もございません。ミアをどのように扱うおつもりですか?」

この国は、他国と違い王家も一夫一妻制をとっていた。

国王夫妻に子供が五年以上できなければ側室を召し上げる国王もいたが、大概は国王の兄弟の子などを王太子に指名していた。

だが、中には妻とは別に恋人・・・もとい愛人を囲う国王もいたのも事実である。

今まさにラウルがしようとしているように。


パトリシアの問いにラウルは、まるで自分こそが被害者であるかのように、悲壮な顔をして訴え始める。

「まさか私を謀って子を成すなど・・・しかし、できてしまったものは仕方がない。面倒を見るしかないだろう」

「・・・・そうですか。しかし、彼女を王宮に迎え入れるわけにはいきません。先ほども言った通り、側室にもできません。その必要がないのですから」

「・・・・・・・・」

きっぱりとした妻の言葉に、ラウルは黙り込む。

「ですが、外に愛人として囲うならば、よろしいかと」

「え?いいのか?」

「かまいませんよ。ただし、国家予算からはお金を一切出すことはありません。個人財産で囲ってください」

「なっ・・・」

「あなたの下半身事情を血税で賄うなんて、そんな無駄な事するわけがありませんでしょう」

美しく微笑んでいるのに、口から出てくる言葉には棘はあるが温度がなく、何の感情も見て取れない。

嫉妬も呆れも何も無いそれに、ラウルの心に得も言われぬ不安が生まれてくる。


妻は自分を愛していたのではないのか・・・と。


生まれたばかりの不安は、紙に落ちたインクの染みの様に、徐々に広がっていく。

口にできない不安に悶々としていると、宰相が入室してきた。

「お呼びと伺いました」

恭しく礼をし、勧められた席についた。

「忙しいところをごめんなさいね。実はラウル様が外でお子を作ったらしいんですの」

宰相はギョッとしたように目を見開き、ラウルを睨みつけた。

「まさか、ミアでは無いですよね!?」

「ふふふ・・正解ですわ」

ラウルの代わりにパトリシアが、まるで「正解おめでとう」とでも言うように微笑み答えた。

気まずそうなラウルに、怒っているのか喜んでいるのかわからないパトリシア。

宰相は頭を抱えた。


ラウルとミアは学園に通っている事からの付き合いだ。

美しいパトリシアという婚約者がいながらも、男爵家のしかも庶子と浮気をしていたのだ。

初めの頃はパトリシアもラウルに対し苦言を呈していたのだが、ある時からぱたりと関与しなくなった。

婚約を破棄するのではと、一時噂になっていたが二人は結婚。

すぐに長男を出産。翌年には双子の男子を出産し、国の将来は安泰とまで言われていた。

そんな時の浮気騒動。

しかも浮気相手が、ミアとなれば貴族平民誰もいい顔はしない。

ミアは一度、年の離れた男爵と結婚していたが、複数の男との浮気がばれ離縁されていた。

学生時代からのラウルの女癖の悪さと、男漁りで平民達の間でも有名だったミアとの浮気騒動。

当時もかなり話題となっていて、王都のみならず他国ですら知らぬ者などいないほど有名な話だった。

その事実に、この国の面汚しと、貴族からだけではなく平民からも顰蹙を買っていたのだ。

ましてやパトリシアは女神のごとく美しく賢い。他国の王侯貴族からの求婚も絶えないほどの人気者。

当然、人々の同情はパトリシアへと集まった。

そして、批判の矛先は王族へと向けられ、焦った国王が当時王太子だったラウルに、身辺整理しなければ王太子の地位を返上せよと最後通牒を出したのだ。

その時は確かに全ての女、そしてミアとの関係も切った。だがこれは不治の病と同じで、治ることなどないのだと誰もが理解する事でもあった。


パトリシアが二十歳になった時、二人は結婚。翌年、子供が生まれると同時に国王が病気療養の為、譲位。

ラウルが国王となり、パトリシアが女王となった。

王妃ではなく、女王に。

つまりは共同統治。当代に限り共同君主制としたのだ。

これはパトリシアと婚姻する為の条件でもあった。


同じ地位の国王が愛人を囲うのだから、女王も同じ事をしても誰も責める者はいない。

学生時代からの事を鑑みても、きっと誰もが「自業自得だ」とばかりに、パトリシアには同情的な感情しか向けられないだろ。


「さて、宰相。ここで新たな契約を結びます。よろしくて?」

パトリシアの言葉に宰相は諦めたかのように溜息を一つ。そして「承知しました」と、契約に必要な魔紙を広げたのだった。


この契約はパトリシアの希望により、特殊な紙で製作される。

それは、神聖な契約として違反すれば何かしらのペナルティが課せられるという魔法がかけられた、契約紙。

その紙に宰相は、滑らかにペンを走らせた。



今この時をもって、夫婦関係は終了。今後は共同統治者として付き合っていく事。

子供達には、変わらず親子としての関係を続けていく事。

女王にも外で愛人を囲う事を了承する事。ただし、国家予算は充てることは無い。

愛人との間に子ができても、王位継承権は与えない事。

いかなる時も公務を優先する事。私生活に関しては、公務に支障をきたさない限り干渉しない。

王位を王太子に譲位したその時、離縁する事。



たった六ヵ条の項目。されど六ヵ条。

だがラウルにとっては青天の霹靂であり、まさに寝耳に水。

何を並べ立てられているのか、頭が理解するまでに相当時間がかかった。


―――妻は俺を愛していたはずだ・・・だから俺を許していたのではないのか・・・


何か言いたい、反論したい。だが言葉が出てこない。

身から出た錆、とはまさにこの事。ミアに子どもができてしまったが為の、新たなる契約なのだから。


ラウルは打ちひしがれ、パトリシアは緩みそうな表情を引き締め、長い話し合いの後、それぞれ契約書にサインしたのだった。


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