第40話 身内のみでの懇親会で

始まる前から、ひと騒動あったが、食事を兼ねた懇親会は予定通りに催された。


その席には、懐かしい面々がずらりと並んでいる。


妹のメリッサを含めた他の兄弟たち、そしてその婚姻相手や子供らも一堂に会していたためそこそこの大所帯だ。

王族の方々よりも、その集まった数は多い。


そのほとんどがもうこの先会いたくもないと思っていた面々だったが、一人そうではないものもいる。


甥のレッテーリオの姿も、その中にはあったのだ。


私はうっかり感涙しそうにさえなるが、あくまで顔には出さない。

まずはこの場を乗り切らなくてはいけないのだ。


「みなさま。この度は私とアンナ様の婚姻を祝した会にお集まりいただき、ありがとうございます」


毅然として挨拶を行うシルヴィオ王子の隣、婚約者らしく落ち着き澄まして振る舞う。


だが、さすがに苦笑しそうになったのは、父・リシュリル公爵が祝辞を求められた際だ。


「…………この度は、大変めでたい婚姻で……」


その煮え切らない答弁の原因は、もちろん、先ほど突き付けた絶縁の宣告だ。


シーリオ王の手前、平然を装っているが、内心では狼狽えていることは言うまでもない。


実際、顔が震えているのか小刻みに歯がかちゃかちゃ音を立てていた。


継母の席を挟んで、少し離れた位置にいる私にも聞こえてくるほどだ。


「おや、いかがしたのかな、リシュリル公爵よ」


そんな父に対して、シーリオ王はわざとらしいくらい不思議そうな顔を作る。

それが演技であることは、間違いない。


なぜならば、宴会が始まる前に王と王妃様には、事の次第を説明をさせてもらっている。


要は知らないそぶりをして、反応を楽しんでいるわけだ。


『もっと痛い目を見てしかるべきだな、リシュリル公爵は』


と言っていたのは、これも含まれていたのだろうか。

なかなかに、残酷なことをする。


「い、いいえ、なにもございません。ただ、不肖の娘を王子の嫁にやるなど、もったいないことだと改めて思った次第で………」


「そうか……、しかし私はそうは思わない。実に素晴らしい資質をお持ちだよ、アンナさんは。もっと誇るといい」

「そ、そうでございますか…………はは。いやはや、出来で言えばよっぽどメリッサの方がーーあ、いや、失礼。そ、そろそろこの辺で終わりにさせてください」


おどおどとして、聞くに堪えないほど拙い祝辞だった。


それが終わると、祝いの空間とは思えぬ実に微妙な空気感の中、懇親会が始まる。


……話が盛り上がる雰囲気は、まったくなかった。



立食形式になっており、豪勢な食事の並べられたテーブルや、煌びやかに装われた室内がいっそう空しさを助長する。


ほとんど無言の空間の中、視線による牽制ばかりが飛び交っていた。


とくに姉妹たち、なかでもメリッサは射殺さんばかりの鋭い視線をこちらへと送ってきていた。


私が目を逸らしたところで、シルヴィオ王子がすっと私の前に身体を割り入れる。


「アンナ様、気にすることはありませんよ」


どうやら守ってくれたらしかった。彼の背を見て、ほっと息をつく。


「……ほんと、敵が多いですね私は」

「未来の王妃になるあなたに、嫉妬しているだけのこと。あなたでなくとも、こうなっていたでしょうね」

「たしかにそうかもしれませんね」

「えぇ。ですから、会食の間は俺が隣にいますよ」


私は素直に頷きかけて、はたと止まる。


「いえ、必要ありませんよ」


代わりに、はっきりとこう言った。それを聞くや、シルヴィオ王子はしばらくぽかんと口を開けてしまう。


「な……そ、それは俺が頼りないからでしょうか。俺ではなくカルロスほど屈強ならば問題ないと?」


顔を真剣に顰めてこう言うのだから、くすりと笑えてしまった。

変なところで、弱気なのだから面白い。


「違いますよ、そうじゃないです。この先のことを考えてのことです」

「この先?」

「明日、婚礼式が行われれば私はその……正式に妃となります。

そうなったら、こんなやっかみは日常でしょうから。そうなったら、庇ってもらってばかりもいられません」

「…………そういうことか」


シルヴィオ王子は、長く息を吐いて呼吸を落ち着ける。


「ならば、わかりました。でもなにか危ないことがあれば、すぐに俺(・)に言ってください。カルロスを頼る必要はありません」


頼ってもらおうと、「俺」を強調するあたりが可愛らしいったら。

久々に年下らしい一面を見て、私は軽く笑ってしまう。


「はい、頼りにしております」


最後にこう投げかけて、シルヴィオ王子の元を離れた。


堂々と振る舞っていれば、やましいことなど何もない。


私はあえて胸を張って、一歩一歩たしかな足取りで進む。

それだけのつもりだったのだけど、


「おぉ、なんと麗しい……。国の宝になるぞ、このお妃様は」


一部の方からはこんな過大評価をする声まで、漏れ聞こえてくるのだから調子が狂う。


「さすが、シルヴィオの妃になるだけのことはある。所作も美しい……」

「えっと、あなたはたしかーー」

「あぁ私かい? 私はジャロード。王の従兄弟で、今は宰相を務めている。いつぶりかな、お目にかかるのは。

 大きくなられたものだ」


さらには、政界の大物からもお褒めの言葉をもらってしまった。

言葉が出なくなりそうになるが、そこはどうにか堪えて会話を交わす。


その後も何人か王家の親族の方々とお話ししたのち、やっと場の雰囲気に慣れてきた頃だ。


「全くどの面下げて今頃、令嬢のふりしてるのかしら、卑しい身分の女のくせに。

 あなたなんて、リシュリル公爵家の人間じゃないわ。私の娘の方がよっぽどふさわしいのに」


背後から、耳元にこう吹き込まれた。


声だけで、継母が言ったのだと分かった。

昔からこうして陰で、恨み言を言われてきたのだ。


どうも継母は、父から絶縁の話を聞いていないようだ。

実際には、リシュリル公爵家と縁を切りたいのはむしろ私の方である。


先ほど父に対して思いをぶつけたばかりということもあり、彼女の言葉はまったく私に効果をなさなかった。


私はそれを受け流し、振り返りもしない。


勇気のいる行動だったが、それは幸運も生んでくれた。少し先に、レッテーリオの姿を見つけたのだ。


すぐにそちらへ向かおうとするのだが……、彼はなぜか首を数回横に振る。

腰元で小さく右手にある観賞用のツタ植物の方を指差すから、そちらへ目をやれば


「偉くなったものね」


その影から妹であり元雇い主でもあるメリッサが現れた。

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