第33話 二人のお菓子作り。


「シーリオ王は、料理にはかなりのこだわりをお持ちですからねぇ。できるだけ種類豊富にお出ししたほうがお気に召すかと思いますよぉ」


と、冷静に分析してくれるのはキッチンメイドの最年長・マキさん。メイド衣装に白髪交じりの髪の毛を一つくくりにした姿に加え、語尾の伸びる独特の話し方には、なかなかの風格がある。


そして、その実力もまたたしかなものだ。いつも食卓に並ぶ、彩り鮮やかな美味しい料理は彼女が中心となって考案してくれている。


だが、そのマキさんですら、王様へお料理を出すのは簡単なことではないらしい。


マキさんは真剣な顔をして、机の上に並べた豊富な材料を前に唸る。

そんな彼女を筆頭に、他のみなさんも持っている知識をふり絞ろうと、意見を出し合っていた。


いつもが手抜きをしているわけでもないだろううが、より一段と気合が入って見えた。


「みなさん、かなりやる気ですね。やはり、シーリオ王がいらっしゃるのは大事なんですね」


万が一気に入られたら、王の側仕えに昇格する可能性がある一方、失敗すればクビになることだってあるのかもしれない。


そう思って私がうっかり当たり前のことを口にすれば、キッチンメイドさんたちは一度メニューの議論をやめる。


代表して口を開いたのは、マキさんだった。


「たしかに、シーリオ王がいらっしゃるのは大事ですがぁ……。今回ばかりはそれだけが理由じゃありませんよ」

「えっと、……というと?」

「アンナ様のことを王に認めてもらいたい。それは、私たちの総意ですからねぇ」


その言葉にメイドたちは視線を合わせると、こくこく頷きあう。


「もちろんです。ただ聖女だから嫁に来た、なんて思ってほしくないです」

「それ、同じ意見です。アンナ様にはさんざん助けられてきましたから、今こそ恩返しをいたします!」


昇進の絶好機だとか、クビの危機だとか考えていた自分が、一挙に恥ずかしくなった。



彼女たちは自分のためではなく、あくまで私のために努力をしようとしてくれているらしい。正直、ここまで慕ってもらえているとは思っていなかった。


不思議な感覚が全身を包む。

自分のために誰かがここまで必死になってくれている。私には、その経験があまりに乏しかったため、反応の仕方が分からない。


「えっと、……私も。私も考えますね」


とにかく、まずは手伝おう。できる限りのことを私もしよう。


そう決めて、メイドさんたちと料理談義を進めていった。



似たような状況なら、人生でもう何度も味わってきている。

妹・メリッサの屋敷に勤めていた時、唐突な来賓への食事対応を何度させられたことか知れない。


メリッサはうっかりもので使用人への伝達を忘れることが多く、臨時の対応はもはや日常茶飯事だったのだ。

それを乗り越えるため、限られた材料と時間で料理をこしらえるすべは身につけてある。


「とりあえず、この牛の頬肉はビーフシチューにしましょうか。ちょうど人参もありますし。あと、それから、パスタはそのままでは味気ないので、生麺をこしらえましょう。麺の中に山椒を練りこんで、トマトパスタに一工夫するんです。爽やかな後味になりますよ」


材料や調理工程等を勘案して、こう提案する。

……と、「おぉ」なんて感嘆の声があたりから響いた。


「結局頼ってしまって申し訳ないのですが、やっぱりアンナ様のお力はすごいですねぇ」


思った以上の好評であった。

マキさんは皺の入った目尻を細めて、こう言ってくれる。


ただ、作る前ではあくまで机上の空論だ。

いきなり本番の調理に入って失敗してはいけないと、今夜の食事でリハーサルを行うこととする。


そうして、その準備をはじめた少し後のこと。

厨房に、シルヴィオ王子が姿を見せた。


邪魔にならないようにするためか扉の前で立ち止まり、こちらを覗きこむ。


「俺もなにか手伝おうか」


その言葉に、場の空気がざわりと揺れた。


それまでの張り詰めた空気が一変、一部のメイドには衝撃的すぎたらしく、具材の入ったボウルを机の上に落としてしまっている。



シルヴィオ王子の視線は、私に向いていた。


だが、私一人で決めていいお話かどうか。返す言葉に困って、私はそれをそのままマキさんへと受け流す。

すると、彼女はなにを思ったか


「そういえば、私どもは別の場所でやる仕事がありましたねぇ、みなさん」


突然に片づけを始めたではないか。

他のメイドたちもそれに続くように、自分の持ち場を整理し始めるから明らかにおかしい。


さっきまで、そんなことは一つも言っていなかったような……。


「えっと、どうされたんですか、みなさん」


私がこう聞くと、マキさんは速足で私の隣までやってきて、ささやくように言う。


「作業ならば、私どもで進めておきますからご安心ください、アンナ様。せっかく若様があのようにおっしゃっているんです。お二人で、なにかを作られるのもいいのでは?」

「え、でも……」

「こういう時は、とやかく言わないのが決まりですよぉアンナ様。とにかくお二人になられてください」


たぶん、これ以上は言っても仕方ないのは明らかであった。

突然かつ早すぎる展開に私がいまだ戸惑っているうち、メイドたちの撤収が完了する。


彼女たちがなにを望んでいるかは、はっきりとしていた。

その場に残された具材から作れるのは、デザートに振る舞おうと考えていたチーズケーキのみだ。


「……なんだったんだ、あの者たちは」


シルヴィオ王子は、まだ状況がつかめていないらしかった。

眉をしかめながら、メイドたちの去っていった廊下の方に目をやっている。


逆に私はと言えば、唐突に訪れた二人きりの時間にどぎまぎとしていた。


それも、あぁも分かりやすくお膳立てしてもらってしまえば、なおのことだ。



けれど、ここまでしてもらって、「なにもできませんでした」では、わざわざ気を利かせてくれただろう彼女たちにも申し訳が立たない。


「シルヴィオ王子、えっとその……私と二人でもよかったらお菓子作り手伝ってくれませんか」


言葉に詰まりながらも、さしでがましいとは思いつつも、言葉にする。

どんな返答がきてもいいように身構えていたのだけれど、シルヴィオ王子はすぐに扉の前から中へと入ってきた。


なにか言う前に、水場で手を洗い始めるから、またしてもぽかんとする。


「えっと、なにをされているのです?」

「調理をする際は清潔にしておいた方がいいと言うだろう? それより、もちろんお手伝いいたしますよ。ただ、いかんせん無知なのだ。俺にもお教えいただけたら嬉しい」

「でも、服とか汚れてしまいますよ」

「それならば心配ない、覚悟の上だ。必要な物は持参してある」


その言葉は、嘘ではなかった。

王子はエプロンを身に着け、頭にはバンダナまで巻いて、私の手伝いをしてくれる。


当然、一人でやる時より時間を要したけれど、シルヴィオ王子と二人でお菓子作りをする。

めったにない、貴重な時間を過ごすことができた。

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