第24話 アンナ様のことをこれ以上けなすなら。【sideシルヴィオ】

「このようなところで、なにをしているんだ? アンナ様のおそばについているのではなかったのか」


出会いがしら、シルヴィオはまずこう尋ねる。

声音は低く抑え、目線は冷ややかに鋭い目線を投げかけた。


この表情のせい、一部からシルヴィオは「冷徹」などと恐れられているらしいが、当人からすればまったく目論見通りだ。


一国の王子ともなれば、擦り寄ってくる輩は無数にいる。


そんな気を許していない相手と対峙するときのため、長年かけて身に着けた技術であった。


こうして冷たい人間の様に振る舞っていれば、権力などを目的に自分へ擦り寄ってくる者を追い払うことができる。



「いやだなぁ。噂を知らないんですか、シルヴィオ王子様」


だが、ケイミーにはどうやら通用しないようであった。


女の色気を前面に押し出そうとしていた。

たっぷりリップの乗った唇を少し舐めてから、言葉尻をわざと丸めた高い声で彼女は言う。


噂、というのがなにをさすのかは知っている。

シルヴィオの耳にも、それは届いていた。


もう一人の指導担当であるオスナ・グリーンとアンナが、いい仲であるというものだ。


大方、取るに足らない噂にちがいない。

シルヴィオはそう考えて、アンナに問いただすようなことはしなかった。それどころか話にも出していない。


彼女は今、聖女としての鍛錬に真剣に励んでいるのだ。


その噂の真相を確かめるということは、彼女の努力を疑うことにもつながってしまう。


「あの、根も葉もない噂がなんだと言うんだ」

「いやぁ? 火がないところから煙は立ちませんよ。あの二人があまりにもいい雰囲気だったから、私はこうして仕方なく指導担当から外れてるんです~。

 二人が邪魔をしないで、って空気を放ってきましたから」


「……適当を言うんじゃない」

「本当なんですけどねぇ? なんなら、見ますか。私、さっき面白いものを見ちゃったんです」

「興味はない。俺は今すぐ、アンナ様のところに行くんだ。邪魔だてをしないでもらおう」

「あら、偶然です~。あたしも、ちょうど行こうとおもっていたんですよぉ」


シルヴィオは先々行こうとするが、ケイミーは簡単には離れてくれなかった。

早歩きで前を行くシルヴィオの少しあとをしつこくついてくる。


「でもシルヴィオ王子。このまま行ったら、大事なお妃さまが不倫をしている現場を間近に見ることになりますけどいいんですかぁ~?」


猫なで声が耳に障った。

いや、それだけではない。


本当は、アンナのことが心配でたまらなかったからこそ、自分でも思いがけないくらい、感情が一気に盛り上がってきた。


思わず後ろを振り返り、ケイミーをにらみつける。


「あ、やっとこっち見てくれましたねぇ」


が、やはりケイミーにこの威嚇は通じない。

まったくひるまずに、わざとらしいくらいの笑顔を浮かべていた。


「どんな素振りを見せたところで分かりますよ。本当はどうでもいいんでしょう? 立場上気にしているだけで、あんな年増の女に興味がないことくらい、常識で考えたら分かりますよ」


彼女はシルヴィオの反論を待たず拒否するかのように、にゅっと濃紅の唇を吊り上げると、上目遣いになって続けざまに言う。


「聖女になったことで気が大きくなって若い男と不倫するような女、放っておけばいいんです。

あたしと一緒に来ませんか、シルヴィオ王子。もちろん、誰にも黙っていますよ。私、いい女なので」


ケイミーは、シルヴィオの着ていたジャケットの袖を握る。

上目遣いに目を合わせてきて、思わせぶりにまつげを伏せた。


わざと緩めに結ばれた胸元を強調して、彼女はささやくような声で言う。



たしかに世間的にみれば、彼女はかなり美しい部類に入るだろう。

花にたとえるなら、バラのよう。攻撃的な美しさがある。


ただどういうわけか、誘惑を受けてもまったく心を揺すられない。


アンナが相手ならば、ただ笑ってくれただけで、ただ少し焦っているところを見るだけで、かき乱されるみたいに心臓が跳ねるというのに。



だから、シルヴィオはため息をついて、再び踵を返す。


「撤回することだ」


そして、ぼそりと一言切り出した。


処世術として編み出した抑揚のない声とは別物の、怒りが乗った低い声になる。

滅多に頭に血が上ることなどない、そう自覚していたシルヴィオだったが、今度ばかりは抑えきれない。


「え、なにを……」

「決まっているだろう。アンナ様は、そのような不貞を働く女性ではない。

 そう認めないようなら、これ以上俺の前でアンナ様をけなすようなことがあれば、お前はすぐにでもこの城から、貴族の世界から追放してくれよう」


シルヴィオはこう言い捨てて、再び早足でアンナのいるだろう中庭を目指す。


今度は、ケイミーもついてこなかった。

ふと振り見れば、その場でしゃがみこんで、身体を震わせていた。

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