第13話 心配ご無用?
迷惑をかけてもいい。
無理さえしなければ、したいようにすればいい。
シルヴィオ王子にそう言われたこともあって、翌日からも私はメイドのお手伝いに精を出した。
一方で、使わなければいつまで経っても習得できないと、少しずつ魔法の鍛錬をも開始する。
きちんと力加減に配慮して、慎重に練習を繰り返していった。
強い祈りと、声量を調整すれば勢いは抑えられるのだ。
――そうして数日ののち。
「高きところにおわします神よ。わが手に、聖なる恵みの力を授けたまえ」
少しずつながら、だんだんと安定して繰ることもできはじめていた。
今度使ったのは、草木をよみがえらせたという魔法だ。
生み出した聖水を両手にためて、あたりの枯れ草に撒く。
すると、みるみるうちに青々しさを取り戻していくのだから、聖女の魔力は不思議だ。
……とはいえ、人が浴びたところですぐに10歳若返り! なんてことは残念ながらない。
しかし、飲み水として使うことで体調はよくなっている気はするし、肌色なども改善してきてはいるような気はする。
より使いこなせれば、もっと効果が得られる可能性もある。
目標があり、打ち込めることがあるだけで幸せだった。
なおも練習を繰り返すのだけど、そこへ少し邪念が混じる。
「シルヴィオ王子……」
気にかかるのは、稀代の美青年にしてこの国を担う後継者、かつ私の婚約者でもある青年のことだ。
といって、恋焦がれて物思いに耽っているわけではない。
単に気になるのだ。
私に対して、あそこまで温かく優しく振舞ってくれる理由が。
けれど考えたところで、それらしい理由すら浮かんでこない。
単に「優しい人」と思われているだけなら、ここまで厚遇はされないはずだ。そんな人は、探せばわんさかいるにちがいない。
じゃあ、なにか理由が他にあるのだろうか。
疑問に思いつつも、私は再度練習を始めようと両手を握る。そこではじめて、背後に気配を感じた。
誰かと振り見てみれば、三日月みたいな鋭利な目から、じっと視線が送られている。
一体全体いつからいたのだろう、そこにいたのは執事のカルロスだ。
こちらに深々と頭を下げる。
「アンナ聖女様。王子がお戻りになりました。もう夕暮れも近いですから、そろそろ切り上げていただき、お食事にいたしましょう」
「……はい、分かりました。あの、もしかしてさっきの呟き聞いてましたか?」
「なにのことでしょうか。私はさっぱり分かりません」
本当にそうならいいのだけれど。
彼の表情から、その発言の真偽を窺おうとするが、その常に不機嫌そうな仏頂面は、なにも教えないとばかりに眉間にしわを寄せている。
私は少しもやもやとしつつも、彼とともに屋敷へ戻るのであった。
♢
と、そんなふうにシルヴィオ王子のことを気にしていたからこそ、一つ気づいたことがあった。
翌朝、朝食の席に現れた彼の服装が、昨日の夕食時とまったく同じものだったのだ。
薄手の服ではあるが、決して寝巻きではない。
それはつまり、王子は夜通しこの服を着て、なにかをしていたということだ。
…………誰かと夜に密会でもしていたのだろうか?
まったくおかしなことでも、咎めるようなことでもない。
20代前半のシルヴィオ王子は今、身体に心にもっとも充実している頃だ。
28歳の花嫁より、もっと若い娘にご執心になることはむしろ当たり前の反応といえよう。
「アンナ様? あまり食事が進んでいないようですが」
「……あ、いえ、そんなつもりじゃありませんから」
感づかれたかと、私は慌てて、ローストビーフを口に頬張る。
王子や使用人たちの用意してくれた食事のおかげで、だんだんと肉類も口にできるようになっていたのだ。
「だんだんと食べられるようになってきたみたいでよかった」
「あ、はい、おかげさまで。ありがとうございます」
「うん。その姿を見られただけで、1日頑張れますよ」
さらりと彼は言ってのけて何気ない顔で食事を続けるから、私は一人、勝手にドギマギする。
これまで人の顔を窺って生きてきた私だからこそ、その言葉に嘘が混じっていないことはたしかだ。
誰かと密会しているなどというのは、ただの推測でしかないうえ、シルヴィオ王子の個人的な話である。
当然ながら、お飾りの嫁が口を突っ込めるようなことじゃない。
話が逸れてくれたのをいいことに、そのまま食事の時間を終えたのであった。
その後、シルヴィオ王子が王城へと向かわれて少しののち。
少し考え込んで食堂に残っていた私の元にやってきたのは、執事・カルロスであった。
「妙なご心配をされているようなら、まったく無用でございます」
一言だけ唐突に告げられる。
私の考えは、この食えない執事に、どうやら見透かされていたらしい。
この年齢にもなって、規定にのっとり結婚するだけの相手に執着している。
そんなふうに見られていたと思うと、途端に恥ずかしくなった。私は顔を伏せかけるのだけど…………それを辛うじて堪えて口を開く。
「あの、シルヴィオ王子はなにをされているんです?」
どうせ恥ずかしいのなら、いっそ聞いてしまえと勇気を振り絞ったのだ。やはり気になるものは気になる。
いくら自分をごまかしても、本音は変えられない。
それに、カルロスはなにやら知っているふうでもある。
「私には心配ご無用、としか答えられません」
「……そう、ですか」
返ってきたのは、ゼロ回答。なにかはあるらしいが、私に教える気は一切ないらしい。
私はカルロスから視線を切り、まつ毛を伏せる。気まずい空気が流れるので部屋へと逃げるように戻ろうとしたところで、
「本当に知りたいのならば、日が変わる頃に屋敷の庭へ行かれるといいでしょう。私に申し上げられるのは、それだけです」
どういうわけか、こう教えてくれたのであった。
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