第10話 聖女の魔法は、人をも救う?
私はメイドたちに混じって、屋敷の大玄関へと向かう。
あらゆるフロアに通じる正面入り口だ。
来訪者が必ず通る場所でもあるため、シルヴィオ王子も、ここにはこだわりがあるらしい。
ワインレッドのカーペットを基調に、窓にあしらわれたステンドグラスから差し込む木漏れ日や、ガラス細工で作られた七色の花瓶など――。
屋敷の中でもっとも華やかに装われているといっても過言ない。
玄関としての機能のみではなく、来訪者を目でも楽しませる役割も担っていた。
かくいう私も最初に入ったときにはあらゆる角度に目を向けて、庶民感覚で感嘆の吐息を漏らしたものだ(令嬢だけど)。
ただし、それは整理整頓されていたからのお話だ。
「かなり激しく争ったみたいね」
今や花瓶が倒れていたり、土や枯れ葉までがカーペットの上に散乱していたり、挙句はどこから引っ張ってきたのか破れた服まで――。
その荒れ方は、使用人の身になると、気が遠くなって昏倒してしまいそうなものであった。
実行犯たちはそんな惨状のさなか、実に堂々としていた。
「にゃあん」とか「みゃ」とか二階、三階へと続く階段で丸まっている。
その貫禄ぶりに、とても一回目のできごととは思えず、私は尋ねた。
「こういうことって結構あるんですか?」
「はい……。アンナ様もお分かりかと思いますが、若様は猫にはかなり寛容なのです。屋敷の中には10匹近い猫がいます。もちろん、こうなったことで私たちを責めたりもされませんから、これもお仕事のうちなんですけど、忙しい時にはすこし困りますね」
メイドたちは苦笑しながらも、おのおの箒を手に取り掃除へと取り掛かる。
私も、自分の愛用品でもって、それに加わらせてもらうことにした。
ちなみに令嬢用の衣装は装飾がまどろっこしかったため、数日前まで現役だった使用人衣装に着替えた。
デザインこそ少し異なるが、違和感なく馴染めている。
むしろこれが正解なのでは? と思うほど。
「アンナ様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません……!」
「いえ、気になさらないで。むしろ、うずうずしていたくらいですから」
「は、はぁ……」
おっと、どうやらテンションを間違えたらしい。たしかに普通、雑務を与えられて興奮するのは変な話だ。
「えっと、とにかくありがとうございます、本当助かります。なにかあったらすぐに言ってくださいね。それと、私たちに敬語は不要ですから」
「お気遣いありがとう……ございます。でもこれは癖ですから、お気になさらないでくださいな」
メイド長をしていたとはいえ、私は誰に対しても敬語を使って生きてきた。
そう言われても、たとえ自分が聖女に選ばれたのだとしても、すぐに変えられるものではない。
今だけはあくまでただの使用人に戻って、せっせと掃除を進めていく。
事件が起きたのは、そのときのことであった。
階段の下を箒で掃いていたとき、上階のほうでつるっという嫌な音が聞えたのだ。
「きゃ……!」
悲鳴が聞こえる。
ふっと上を見上げると、足を滑らせたらしい使用人の一人が今まさに落ちてこようとしていた。
このままでは頭を階段の角で打ち付けてしまう。しかも、ちょうど落下するあたりには、さきほどの猫たちもいる。
茫然と、頭が真っ白になったのは一瞬だった。
「高きところにおわします神よ、この手に浮遊の力を……!」
ほとんど極限状態。
さきほど、部屋にあった本で見たばかりの詠唱がとっさに口をつく。
まだ一見しただけで、うまく行ったのかどうか、まったく定かではない。どうか無事であってほしいと願うとともに、同時、目を瞑ってしまったのだけど――
「……出た!」
魔法は本当に発動してくれた。
眩しすぎる光に、私は思わず目を見張る。
足を滑らせたメイドの方も、彼女の握っていた掃除道具も、ふわりと宙に浮いて、ゆっくりと地面に下ろされる。
あぁ、と少し腑に落ちた。
前回もそうだったから、きっと間違いない。
この魔力はきっと、祈りそのものなのだ、と。力は私の願いに答えるように強くなる。
そして詠唱を加えることで、威力はさらに増すのだ。
少し仕組みが分かったところで、しかし思考はそこで途絶えてしまった。
いきなり強い魔力を使いすぎたらしい。
……起きだしてみたら、私はベッドの上にいて、お腹が重いと思ったら被った毛布の上にミケが丸まっている。
そんな様子を、傍の椅子に座った執事さんに見つめられていた。
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