闇の姫君にボクはお人形さんになるように言われました。

広田こお

第1話 グレポート王国の終わり……そして恋

帝国軍に包囲されたグレポート王国首都。

グレポートは商業都市で、様々な商取引が行われていたが、中でも高品質の大砲や銃器が集まることで有名だった。


強力な武器を扱う商人国家という特殊性から、小国ではあったが、帝国から自治権を認められていた。


が、それも今日まで……。

なぜって……、王子であるボクが降伏したから。

降伏した相手は闇姫という悪名高いエリーという少女だった。ブラックシードという麻薬の名前の二つ名すらある悪女だ。そんな異名を持つのに彼女はとても可憐で朗らかな明るい少女にみえた。美しい青がかったような黒い長髪、愛嬌のある薄茶色の瞳。そして、白と黒を基調にした、帝国の略式の軍服を着ていた。軍人が平時に着る服。その軍服を着ていても、女性らしさを失わない本当の姫君。


「いいこと……。私のお人形さんになりなさい。意味はわかるわよね……」

「……はい」


殺されるかもしれないという恐怖で、和平の条約をまともに読むことなく、ボクは調印した……。

いや、殺されるなんていう恐怖ではない。圧倒的な力の差からくる畏怖、それがボクの手を機械のように動かし、契約書にサインをさせた。


調印を終えると彼女は意外なことを言った……。

「かたくならなくていいのですよ……。あなたに悪意はなかった。ただ無能なだけ……、でもそれが国の乱れを招いた、ってところかしらね!」

「はい、私は一生懸命でした……」

「わかるわ……、でも一生懸命なだけで、結果を残さない為政者はこうなる運命よ」

……悔しかった。彼女は敵だ。だが敵に情けをかけられている。

それは、ボクがとるにたらない小人物ゆえ、彼女にとって無害だからに他ならない。

「ボクは、王子を辞めたほうがいいのでしょうか……」

「それは許しません、カワイイあなたは私のお人形さんになるのよ」

「人形は、主人に恋することを許されるのでしょうか……」

それは失言だっただろう。

「そうね……。想うだけなら、自由じゃないかしら?」

……彼女は笑ってその失言を赦した。

「想いが叶うことは、あるのでしょうか……」

さらに失言。

「ふふふふふ、かわいい事言うじゃない。そうね……。あなたに特別に家庭教師をつけることに今決めました!」

彼女は機嫌良く笑うと……ボクに一人の女性を紹介した。

「彼女はメイドよ……でもあなたの教師でもあり、監視人でもあるわ……。名前は……アンとだけ呼ぶといいわ」

「……アンさんよろしくお願いします」

アンはメイドで、ボクは王族だというのに、立場は圧倒的にアンの方が強い。


驚くべきことにアンはエリーとうり二つの外見をしていた。

「わかるでしょ……。影武者よ……。影武者……。私みたいな人間にはどうしても必要なものなのよ」


エリーと同じように黒い髪、そして、薄茶色の瞳、そして、朗らかな雰囲気をしている少女は、ボクをみてニッコリと笑ってくれた。

「よろしくね、レインさん……」

……本当に双子のようだった。

「言っておくけど、彼女をただの影武者だと思って侮らないことよ……。それなりに有能だからこそ、私は彼女を取り立てた……。日々、私と思って、敬意をもってアンに接するように……強くおねがい致しますわ!」

とエリーは満面の笑みでボクに釘を刺した。


ボクには幼なじみの少女がいた。ボクの世話をずーっと見てくれているその少女は同じようにメイドをやっていた。彼女は今もボクの傍らにいる。くしゃくしゃの天然パーマの金髪と緑の瞳をした彼女は、とても不安そうだ。

そして、その不安は的中する。


「あなた……レイン王子とは長いのかしら……」

「はい……」

「なら、これからは私に仕えてもらうわ。言うまでもないことだけど、あなたから色々レイン王子について聞かせてもらうわね……。私は、お人形さんについて、よく知らないといけないのだから……」


鋭いな……。結局の所、ボクを知るという目的もあるだろうが、ちょっとした人質のつもりでもあるのだろう。


「……こら。そんなに警戒しない!取って食おうってわけじゃないんだから……。あなたがレイン王子のそばにいては困ると言う理由もあるわ……。レイン王子には、ほら、私のつけた家庭教師のアンと仲良くなってもらわないといけないのだから……」


……ボクが頼れる人間は皮肉なことに、アンだけになってしまう、ということだ。

それが、エリーについてはこの上なく都合の良いことなのだろう。

「……いろいろ、ありがとう……」

ボクは素直に礼を言った。

「亡国の王子に対しては、十分すぎるぐらい丁寧だと思う……」

エリーはクスっと笑うと。

「あら、素直なのね!どういたしまして」

とおおらかに返事を返してくれた。































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