第2話

翌朝の七月二十一日、大湊基地内の職員や警備艦の乗員達、地元の人達が日下達の出港を見送りする為に集まっていて百名程であったが各艦の乗員達は喜んでいた。

 機関長『在塚喜久』大尉と航海長『西島和夫』大尉と水雷長『斉藤一好』大尉が日下の前に立っていて各班の準備が整い、いつでも出撃可能と言ってくる。

「御苦労様です、出撃まで三十分を切っていますので再度、各機器のチェックをお願いします」

 威張り散らす事がなく誰にでも謙虚な態度で接する日下艦長を皆が慕っていた。

 三名の班長は敬礼をすると艦内に入って行く。

 日下は桟橋の端の方に歩いて先端まで行くと一人呟く。

「どっちみち……八月十五日に日本は負けて玉音放送を聞いて私はBC戦犯として五年間、刑に服する事になるのだが……。それよりも八月六日と九日に広島と長崎に原子爆弾が落とされてソ連が不可侵条約を破って満州に雪崩れ込んでくるが未来を知っているのも酷な事だ。だが、今は今だから俺は最後までパナマ運河攻撃を諦めないで任務を完遂して見せる」

 日下は踵を翻して伊400の方に歩いていく。

 十分後には艦橋甲板にいて高倉少佐と共に出港指示の準備をしていたのである。

 出港合図のラッパが吹かれると各艦は係留索を解いて錨を上げる。

 先ず旗艦の伊401がゆっくりと動き始めると手空き乗員が甲板に整列して見送りの人達に向けて敬礼する。

 有泉司令と南部中佐も艦橋から敬礼する。

 それから十分後、伊400も日下艦長の号令の元、ゆっくりと動き始める。

 やはり手空き乗員が思いのまま手を振って敬礼している。

 日下がふと見送りの人達の先頭を見るとセーラー服を着た一人の女学生が手が千切れるぞという勢いで手を振って見送っていた。

「どの艦に乗っているのかな? あの女学生の知り合いは?」

 日下の言葉に高倉は首を傾げながら少なくともこの艦に顔を向けていないので恐らく伊13か14でしょうと言う。

「まあ、どっちでもいいかな。早く戦争が終わってくれればいいのだがね」

 日下の言葉に高倉も頷くとこの戦争は日本の負けですねと遠慮なく言うと日下は少し吃驚して高倉の顔を見ていたがゆっくり頷く。

「噂に聞いたことあるが何でも爆弾一発で都市を消滅させる兵器が米国で開発されていると。そんなもの投下されれば諸手を挙げて降参だな」

 日下はそこまで言うと周囲を見渡す。

 遥か前方に伊401が見えていて伊400の左舷と右舷に伊13と伊14が水上航行している。

「有泉司令官から連絡です、三十分後に晴嵐と合流して格納庫に収納しろとの事です」

 無線士『杉本光友』水長が報告してくると日下は頷く。

「よし、彼らを歓迎してやらないと! パナマ運河攻撃まで閉鎖空間で過ごさないといけないからな」

 それから三十分後、水平線から十機の晴嵐がこちらに向かってくるのが分かると艦橋から合図を送る準備をする。

 十分後、続々と海面に着水する晴嵐を回収した各潜水艦は発行信号で十分後に潜航開始の合図を出す。

 晴嵐の主な性能は以下の通り

乗員: 2名

双フロート式

全長: 10.64 m

全幅: 12.26 m

全高: 4.58 m

主翼面積: 27.0m2

動力: アツタ32型 水冷V12エンジン

出力: 1,400 HP

全備重量: 4,250 kg

最大速度: 474 km/h(フロート未装着時560km/h)

航続距離: 1,540 km  実用上昇限度: 9,640 m

武装: 機関銃 13.0mm旋回機銃×1/800kg爆弾×1


 伊400に収納された晴嵐三機のパイロット三名とアシスタントの三名が日下の前に並んで敬礼をして自己紹介すると日下も敬礼を返す。


「一番機の操縦士『渡辺久雄』上飛曹と相棒である『戸塚信二』二飛曹です」

「二番機の操縦士『近藤周宜』上飛曹と相棒である『上島金治』二飛曹です」

「三番機の操縦士『林川信孝』一飛曹と相棒である『尾浦事鷹』二飛曹です」


 六名の自己紹介に日下は目的地までの数週間はきついが少しでも鋭気を養って見事、任務を完遂して欲しいと言うと六名は頷く。

 六名は日下から艦内についての諸事項を言うと解散命令を出す

 渡辺たちが艦内に入ったのを見届けると横にいる高倉の方を向いて無言で頷く。

 高倉もまた、頷くと日下に言う。

「いよいよですね、必ず成功させましょう!」

 先頭を航行している伊401がゆっくりと潜航していくのを確認すると日下も足元のハッチから大声で叫ぶ。

「潜航開始!」

 日下と高倉が滑り込むように発令所に入ると命令を出す。

「ベント弁開け! メインタンク注水

 艦の側面に設けられているスリットから大量の海水が流れ込んでいき重力が重くなり浮力よりも大きくなっていく。

「深度七十メートルを維持してそのまま航行だ。これより昼間は水中で夜中になれば浮上して水上航行する」

 日下の説明に皆が頷く。

「(日本が戦争に負けて暫くすれば海上自衛隊が出来て潜水艦の質も断然とよくなるのだがこの時代でも自衛隊の潜水艦があれば易々と任務成功なのだが)」

 発令所で正面を見ながらじっと何かを考えている日下を高倉はじっと見つめていた。

「(ここ数日の艦長の雰囲気が変わったが何があったのだろうか? 何か達観しているように見えるのだが)」

 出撃して三日後、夜の海を航行している時に呉軍港司令部から入電連絡が入る。

「貴潜水隊の針路上に米国重巡洋艦と接触する可能性あり! 仕留める事が可能なら仕留める事、以上」

 伊401でもそれを入電して有泉司令と南部艦長が相談したその結果、その重巡洋艦攻撃を見送ると決定してそれを発光信号で送ると伊400から優先的に撃沈すべしと反対に返って来たのである。

「伊400からの返答ですが“一隻で航行するのは何か重要な物資を積んでいるからで隠密行動が必要だと推測しますので撃沈すべし”です」

 有泉は日下がここまで強く進言した事はなかったので考えを改める事にしようと南部に接触するまでどれぐらいかと尋ねるとおよそ二時間後の0300時前後ですと答えが返って来たので決断する。

「よし! 行きがけの駄賃だ、その重巡洋艦を撃沈しよう!」

 その重巡洋艦の名称は“インディアナポリス”で二発分の原子爆弾を積んでいてサイパンテニアン島に向かっていたのであった。


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