第5話 自分探しの旅
一行は野を越え山越え、順調に目的地へと近づいていった。
3日目の晩、川のほとりで野営していたときのことである。
桃太郎はゆるやかに上下する釣り竿の浮きを眺めていた。
「おう、何か釣れたか?」
気がつくと、さっきまで寝ていたサルがかたわらにいた。
「おや、起きていたんですか」
「そりゃ、こっちの台詞だな。あんた、毎晩ひとりでその辺をフラフラしてんだろ。もしかして抜け駆けして財宝ひとり占めする気なんじゃねえかっと思って、見張ってたんだ」
「うわー、全然気がつきませんでした」
「おかげでこっちは寝不足だっての」
サルは大あくびをした。
「それはお気の毒に。僕のほうはまったくそんなつもりないんですが」
「しかしあんたも物好きだな。寝る間も惜しんで釣りとは」
「いやあ、別にそこまで好きでもないんですが。おじいさんに似て釣りの才能はないみたいですしね。でも、物思いにふけるにはちょうどいいんですよ」
物思い?とサルが眉根をよせる。
「あんたみたいな超人でも悩むことってあるもんなの?」
「それこそが悩みの種なんです」
桃太郎はため息をつく。
「おじいさんが言うには、僕は川で拾った桃から産まれたんだそうです」
「へっ、冗談だろ」
「僕も最初はそう思いました。でもいつも軽口を叩いているおじいさんはともかく、おばあさんや周りの大人たちも口をそろえてそう言うんです。与作さんなんか、『本当はお前は俺の獲物になるはずだったのに五平にかすめとられたんだ』とまで……。だけど、人の子じゃないからこそ飛びぬけた身体能力を持っているんだなと、だんだん納得しました」
「信じたのかよ。村人みんなに騙されてるんじゃねえか?」
「いいんです、別に嘘でも。おじいさんとおばあさんが大切に育ててくれたことには変わりありませんから。でも、自分は何者なんだろう、何のためにこんな力を持っているんだろうとふと思うことがあるんです」
「知らないほうがいいこともあるぞ。どっかで捨てられた汚い孤児だったとか、極悪人の子どもってこともあるかもな」
「サルさん、わりと現実主義なんですね……でも本当のこというと、自分についてひとりで考える時間が欲しくて、鬼退治の話を引き受けたんです」
「自分探しの旅ってわけか」
サルはまたひとつ大きなあくびをした。
「人間ってのは難儀だな。オイラはうまいもん食って生きてけりゃそれでいいや」
「サルさんは自分のことがよくわかっているんですね。すごいです」
サルはきょとんとした。
「こんなこと言って感心されたのは初めてだな」
褒められることに慣れていないサルは、「もう寝る」と言ってそそくさと引っこんでいった。
「夜も更けてきたな。僕もそろそろ寝ようか」
そう思って桃太郎が腰を上げようとすると、草陰から誰か出てきた。
「イヌさん、もしやずっとそこに?」
「ああ、サルが怪しい動きをしていたから見張りにな。変なこと言ってあんたを悪の道へそそのかすかもしれない」
「悪の道って……どこまでもサルさんは悪人扱いなんですね。僕にはそこまでの悪者には見えないんですが」
「私はああいう小ずるい奴がいちばんゆるせないんだ。真面目に生きてるこっちがバカみたいじゃないか。正々堂々、それが私の考える正義だ」
「イヌさんの生きるよりどころは、正義というわけですね。かっこいいなあ」
「たったひとりで鬼退治に行こうと考えたあんたのほうがよっぽど正義という名にふさわしいと思うが」
「いやあ、僕の場合動機が不純ですから……興味本位なところもありますし。その点、イヌさんは立派ですよ」
イヌは満更でもない感じで、「うん、まあな」というと、サルの監視を続けねばならないからこれでと言って戻っていった。口で言うほどサルが嫌いではないのだろうと、桃太郎は思った。
「さて、そろそろ寝ないと明日に差し障るな」
と今度こそ引っこもうとすると、また呼び止められた。
「桃さん、あいつらと何話してたの?」
「キジさんまで……みんな宵っ張りですねえ」
「あ、恋バナでしょ? そうでしょ!?」
キジは深夜特有のハイテンションでぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「オレ、恋愛経験はそこそこあるからさ。何かあったら相談にのるよ」
「ああ、これがうざいという感情なんですね、納得です」
「えっ、何か言った?」
「いえ、独り言です。キジさんの生きるよりどころは恋愛なんですね」
「よりどころ? 何それ」
「人生の目的といいますか」
「うーん、間違いなく大きな目的ではあるけど、楽しく生きていけりゃいいんじゃね? オレ、最初は嫌々だったけどさ、今はこの旅けっこう楽しんでるよ。なんつーか、自分磨きみたいでかっこいいじゃん?」
そのあとの、「鬼退治行ったって女の子に自慢できるし」という台詞は聴こえなかったことにした。
「なるほど、楽しく生きてこそ人生ですか。それもまた真ですね」
「だろ? で、桃さんは誰か好きな子とかいんの? 教えてよ、誰にも言わないからさ」
「それはまあ、その……zzz」
狸寝入りの下手な桃太郎であった。
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