双星餓狼



   * * *



 門外漢の弟子を取る。

 これまでの紫波家の歴史を考えれば、ありえない話だった。

 紫波の武術は、自分たちのような獣憑きの人間が会得するもの。そしてその矛先は人ならざる異形のものたち。

 霊獣どころか、霊力すら持たない一般人の幼児に仕込んでどうしようというのか。


 とうぜん紫波ツクヨは反対した。

 そもそも師として弟子の面倒を見ること自体、億劫だった。

 物好きな三人は外部から来た少年をいたく気に入っていたが、ツクヨは気にくわなかった。

 もともと子どもが苦手というのもあった。だって子どもは弱い。ツクヨは弱い存在が大嫌いだった。

 子どもはあまりにも脆く、儚すぎる。粗暴な自分が壊れ物を扱えるはずがない。

 自分の手で壊してしまったら……そう思うと稽古するのも怖い。


 子どもは平和な場所で、健やかに育つべきだ。

 紫波家のような特殊な家に生まれた子どもは例外として、一般の家庭に生まれたのなら、その幸福を謳歌すべきだ。

 なぜ自ら修羅の道に足を突っ込むのか、ツクヨには理解できなかった。


 ……とはいえ、大恩ある白鐘璃絵のお願いを断るわけにもいかない。

 ツクヨは渋々と幼い少年の稽古をつけた。


 任せられた以上は仕方ない。形だけは修行をつけているように見せて、適当にいじめ抜いてやろう。そうすれば少年自らが限界を訴えるはずだ。

 そもそも一般人が紫波家の過酷な修行に耐えられるはずがない。どうせすぐにを上げるに決まっている。


 だが……少年は諦めなかった。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか、理不尽な試練をも少年は次々に乗り越えていった。


『辛いです。逃げたいです。怖くてしょうがないです。でも……ここで折れたら、弱い自分のままでいたら、もっと怖い日常が待っている。そのほうが、ずっといやなんです』


 ボロボロになりながらも、涙ぐみながらも、少年はそう言って立ち上がった。


 ツクヨは認識を改めた。

 この子は……弱くない。

 いつしかツクヨの胸に熱いものが灯った。

 この子はどこまで成長するのか。その先を見てみたい。そう考え出す自分がいた。


 結果、少年は常人を越えた身体能力を得た。

 どれほど鍛えた武人だろうと、少年にはとても敵わないだろう。

 ……だが、それはあくまで人界での話だ。

 どれだけ体を鍛えたところで、霊獣も霊力も存在しない少年に(一部の例外を除いて)怪異と戦う術はない。


 少年に仮の免許皆伝を与えた後、ツクヨは冷静な頭で考えた。

 なぜ一般人の少年に紫波家の武術を教える必要があったのか。

 璃絵はいったい何の目的で彼をここに寄こしたのか。

 その理由を、ツクヨは当主から聞かされ、言葉を失った。


 黒野大輝。

 いったい彼は何者なのか。

 だが『自分たち四人』が師として選ばれた理由はよくわかった。


 狼の霊獣を宿す、紫波ツクヨ。

 虎の霊獣を宿す、紫波ミハヤ。

 鷲の霊獣を宿す、紫波カザネ。

 鮫の霊獣を宿す、紫波ウズエ。


 まったく異なる戦闘スタイルを持つこの四人の技は……いずれ少年に必要となる。

 少年に課された運命を知ったツクヨは、ひとつの決意を固めた。


『璃絵さん。お願いがあります。アイツの数珠に……を仕込んでくださいませんか?』

『……いいのツクヨちゃん? コレはあなたにとって大切な……』

『はい、父の形見です。でも……オレよりも、アイツが持っているべきだと思うんです』


 ツクヨは弱い存在が大嫌いだ。

 だから、昔の弱い自分が一番嫌いだった。

 古いしきたりを拒み、好き勝手に過ごしては修行を怠った幼い自分……そんな未熟な自分を庇った父は、怪異の手によって殺された。

 自分にもっと戦う力があれば、父は死ななかったかもしれない。ツクヨが死に物狂いで紫波家の修行を始めたのはそれからだった。


『ダイキは……いい子です。オレなんかに勿体ないくらい、よくできた弟子です。だから本音を言えば、こんな世界に関わりを持ってほしくない。でも……無力な自分を悔しく思う、アイツの気持ちもよくわかるんです』


 ツクヨはダイキが苦手だった。

 父によく似ているからだ。

 真っ直ぐで、素直で、わかりやすい性格で、自分よりも他人の命を優先する。

 だから、ときどきダイキを見ていると怖い。

 いつか父と同じ末路を辿ってしまいそうで……。


 だがツクヨにはわかっていた。

 どれだけダイキをこの世界から遠ざけても、きっと彼は人々を救う道を選ぶだろうと。

 ダイキとは、そういう少年だ。

 だからこそ、ツクヨは師として彼に『選択肢』を用意することにした。


 それに……古来より、道具は使い手を選ぶ。

 ツクヨはなんとく感じていた。

 はダイキのもとに行きたがっていると。

 父によく似ている、少年の手のもとへ……。


 ツクヨの願いを、璃絵は受け入れた。


『……わかったわ。ダイキくんの心が、呼応して展開するように術式をかけておく。もしも、そんなときが来たら……ツクヨちゃん。師として、あの子を導いてあげてね?』


 それが亡き璃絵とかわした約束。

 そして……その時は来た。



   * * *



「……あんのバカ弟子。マジで覚悟を固めるヤツがあるか!」


 ツクヨは戦いの準備を始めた。

 ハッキリと感じたのだ。

 かつて璃絵に仕掛けてもらった術式が発動する気配を。

 間違いない。今頃きっとダイキは……。


「早まるんじゃねえぞ、ダイキ!」


 専用の霊装を装備し、庭に出る。

 庭には、すでにツクヨ以外の三人が揃っていた。

 ツクヨと一緒にダイキを鍛えた、師たちである。


「あらあら~。ダイちゃん、とうとう大人の階段を昇っちゃったみたいね~」


 酒瓶を持ちながら妖艶に微笑む藤色セミロングヘアーの美女が、間延びした声で言う。

 ヘソを大胆に露出した白Tシャーツに短いダメージデニムを身につけ、豊満なボディラインを惜しげもなく見せつけている、紫波ミハヤ。

 いつものように酒盛りの最中だったのだろうが、ツクヨと同じように、璃絵が仕掛けた術式が発動する気配を感じ取って出てきたようだ。


「ふむ。我が可愛い弟子のことだ。いずれは目覚めるとは思うとったが……いやはや、よもやこんなにも早く開花するとはな! さすが我が輩が見込んだ若人! 天晴れなり!」


 扇子をはためかせながら、和装の美女が豪快に笑う。

 歌舞伎役者が身につけるような派手な柄の着物を着崩し、豊かな胸の谷間を曝け出し、梅紫色の長髪を雅なかんざしで纏めた、一見すると江戸時代の人間ではと錯覚するような奇人、紫波カザネ。

 彼女は師として、ダイキの成長を歓迎しているようだった。


「ん……でも、ダイキはまだ未熟。あたしたちで、サポートしてあげないと、心配……」


 濃紫色の髪をボブカットに揃えた小柄な女性が淡々と呟く。

 襟の長いジャージを限界まで上げ、口元を覆い隠した風変わりな雰囲気を持つ紫波ウズエ。童顔も相まって一見すると女学生と誤解しそうになるが、ピッチリとしたジャージとスパッツから浮き上がる体は熟した女性のソレであった。

 無口で無表情なため普段何を考えているのかわかりにくいが……いまの彼女は愛弟子の身を案じている。それは誰から見てもわかった。

 そして、この場にいる全員が同じ気持ちだった。


「カザネさん。目覚めたのは……まさか一気に四匹ですか?」


 ツクヨが尋ねると、カザネは「ふむ」と目を閉じて耳を澄ませる仕草をする。


「……いや、はまだダイキの中で目覚めの時を待っておる。どうやら目覚めたのは……ツクヨ、貴様が拵えたヤツだけのようじゃな」


 まるで遠くの現場を把握したかのような物言いをするカザネに驚く者はおらず、さも当然のことのように全員が彼女の発言を事実として受け取った。


「あらあら~。ということはダイちゃん、気持ちが先走ちゃったのね~。あの子らしいといえば、らしいけどね~」

「ん……ともあれ、ダイキは『こっち側』に一歩を踏み出したのは事実……。あたしたちも、もう前のようにはいられない……そうだよね、ツクヨさん?」

「珍しくいっぱい喋るじゃねえかウズエ。……ああ、その通りさ。ダイキのヤツは、踏み込んできた。オレたちの側に」


 様々な感情が宿った複雑な声で、ツクヨは言った。


。だから……死なせるわけにはいかねえ。オレたちがこれからビシバシ鍛えてやるってのに、あっさりくたばられたんじゃ、あの世で璃絵さんに顔向けできねえ」


 ツクヨの言葉に、他の三人が頷く。


「楽しみだわ~。またダイちゃんのこといっぱい可愛がってあげられるのね~」

「はっはっはっはっ! ダイキは教え甲斐のある小僧だからのう! 今からが楽しみじゃわい!」

「ん……手取り足取り教えてあげる……昔よりも激しく……」


 三人の美女が昂揚した表情で悦に浸る。

 そこには女の艶っぽさというよりも、肉食獣が獲物を前にして舌舐めずりするような物々しい気迫が滲んでいた。

 ……紫波家の女に気に入られた哀れな少年に同情しつつ、ツクヨは気を引き締める。


「……急ぎましょう。バカ弟子を助けに」


 四つの影が夜空を駆ける。

 獣のように俊敏な動きで、屋根や平面の壁を足場にして、軽々と空を舞う。

 目指すは白鐘家の屋敷。

 そこで彼女たちの愛弟子が、いま……


 いつか、こんな日が来るとは思っていた。

 父の形見を、愛弟子に授けた時点で、覚悟はしていたつもりだった。

 だがそれでも、ツクヨの心はざわめく。


 死ぬな、ダイキ。と。


(父さん……どうか、ダイキを守ってください)


 夜空を駆けながら、ツクヨは切に祈った。



   * * *



 ルカとキリカは、目を見張った。

 ダイキが両手首に身につけた数珠が、眩い光を発している。

 まるでダイキの意思に呼応するように。


「……許さない。お前だけは、絶対に」


 少年の足が一歩、前に踏み出る。

 おぞましい怪異を目前としながら、誰よりも臆病なはずの少年が前進する。


「死なせない……もう、誰も……!」


 数珠の輝きが増す。

 異形が怯むほどに、激しく、強く。


「な、何だ? この光はいったい……」


 あとはただ食らうだけのはずだった、か弱い獲物。

 その獲物に……異変が起きている。

 狩人である肉啜りが、思わず戦慄するような異変が。


「俺は、逃げない……平気で生き物を踏みにじる、お前みたいなヤツなんかに!」


 白く光輝く数珠が、形を変える。

 まるで少年の手を包み込むように、白い光が広がっていく。


「死なない。死なせない。俺は……俺の仲間を……守る!」


 少年が吠える。

 同時に……少年の手を包む光が、ゆっくりと輪郭を持ち始める。


「アレはっ」


 ルカはハッキリと感じ取った。

 間違いない。アレは、亡き母の術式だ。

 数珠に仕掛けられた、何らかの術式が発動したのだ。

 母にしか組むことのできない、複雑な紋様がいくつも刻まれた術式。それが霊力の光を放って、歯車のように回転している。

 組まれた術式は、その法則に従って、ひとつの現象を引き起こしていく。


(お母さん……あなたはいったい……ダイキに何をしたの?)


 ルカの疑問に答える者はいない。

 だがハッキリしていることはひとつ。

 ルカも、キリカも、少年の手に光り輝くものが何なのか、よく知っていた。


「ダイキ……あなたは」

「……嘘、でしょ?」


 光が散る。

 少年の両手に、黒光りするものが装着されていた。

 月明かりを反射するソレは、鋼鉄の篭手……。

 無論、ただの篭手に非ず。


 ──霊装。

 ダイキの両手に装着されたソレは、まぎれもなく霊能力者が使用する武装だった。


 霊能力者の一族であるルカとキリカは知っている。

 その霊装の名を。


「なんてこと……紫波家は、ダイキに、あの霊装を?」

「……信じられない。あの紫波家が、門外漢の黒野に、託したというの!?」


 本来ならば、紫波家の人間でなければ装着を許されないはずの霊装。

 稀代の天才霊装鍛冶師……灰崎はいざき炎心えんしんが生み出したとされる傑作のひとつ。

 その名を、少女たちは口にする。


「……──『双星そうせい餓狼がろう』!」


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