第24話 一層と検証

 薩埵峠さったとうげダンジョン一層。

 ダンジョンに入ると、以前までは暗闇に閉ざされていた、のだけれどそこは金と人を投入して投光器を各所に設置してあるので現在は二層の途中まではヘッドライトや暗視ゴーグル無しでも進むことが出来る。


 ダンジョンに入ってからは二列の縦列を組み歩いていく。もはや最終層まで構造を把握しているため危険なポイントもピックアップしているけれど、やはり警戒しておくに越したことはない。


 HEDの選抜隊は、先行班として総理と閣下用のスライムを捕まえに行ってもらっている。スライム自体動きがゆっくりとしているため捕まえやすいのだが、大人数で動いているとどうしても小回りが利かなくなってしまうためだ。


 第一層は今のところスライムしか確認されていない。もしかしたら新種の魔物が発見されるかもしれないけれど連日に及ぶ観測の結果、薩埵峠さったとうげには特段変わった魔物は確認されていない。だからこそ先行して人員を送り込めるのだけどね。


「映像で見るのとは違って、静かなんだね」

「ええ。洞窟のように湿度は高くありませんし、気温に関しても22℃程度でしょうか。かなり過ごしやすそうですね」


 んー、その気付きはいい線行ってるんだけどそれだけだったら80点。100点満点はあげられない。


「いかがですか総理、閣下。初めてのダンジョン、おかしいとは思いませんか?」

「ふむ…………そうかっ!!」

「む?室長、どうしたのかね?」

「総理、セミですよ!セミ!ダンジョンに入ってまだ数分も歩いていないというのに全くセミの鳴き声が聞こえてきません!これは異常です!!」


 さすがにヒントを出せば東町さんは気付くよね。総理も、『言われてみれば!!』と言いたげな表情をしている。ちなみに二人はあえて事前情報を受け取らず、今日この場にいる。


 そう、ダンジョンに入った途端、それまで聞こえていた音が聞こえなくなる。温度や湿度にしてもそう。まるでこの世界を無視しているかのような環境、これは多くのダンジョンに計測機器を設置し始めて分かったことだ。


 私たちが知っていたのはHEDの地下ダンジョンのみだったからこんな事も計測機器を設置して、実際色々な検証を行わなければ分からなかったのだ。地下って涼しいし、そもそもHEDの立地的に周囲に構造物の無いところを選んだから音についても気付きようがなかったんだよね。


 さて、今回の目的は大きく3つ。

 1つは、総理に【能力】が実在する事を確認してもらうこと。

 2つ、ダンジョン内の魔物をダンジョン外へと引きずり出すこと。

 3つ、新装備の検証を行うこと。


 優先順位も上から順となっている。臨時国会も閉会したばかりで多忙なスケジュールを縫ってここに来ている2人のVIP、この2人にダンジョンの危険性を理解して貰わなければならない。


 彼らとお爺様の狙いとしては、これをテストケースとしてこれ以降ダンジョンの本格的な攻略を始めるために各界のお偉方を招いて同じ事をして見せるんだろう。


 住処から引きずり出されて人間に観察されるであろうスライム君には申し訳ないけど、今後の平和のためにその礎となってもらう。


『スライム種発見、捕獲に成功しました』

「了解、総理も間もなくそちらに合流します。それまで周囲警戒」

『了解』


 連絡を受けてから5分ほど歩いただろうか。先行していた岩田達と合流して一息つく。


「任務達成ご苦労様です」

「いえ、隊長が購入を検討されているこの投網、なかなか性能が良いですね。取り回しも良く慣れれば、ある程度遠距離からでも問題なく扱えそうです」

「分かりました。それでは後日、使用感を統括部隊に報告しておいてください。いい運用法があれば後日購入しておきます。それでは別名あるまで待機してください」

「「了解」」


 さて、それではお二人にスライムをいじめてもらおう。


「さて、お二方とも準備はよろしいですね?」

「うむ」

「ああ、問題ない」


 私が振り返って確認すると、二人とも手に自衛隊御用達のスコップを持っていた。いいね、スコップ。特にこういう狭い空間だとどうしても複数の武器を扱ったり長尺の武器を振り回したりは出来ない。


 その点、スコップは優秀だ。少し持ち手部分を改造してあげれば、取り回し、攻撃、防御の全てに使える。ダンジョン内の魔物がスライムやゴブリンのみであれば私も、全員にスコップを渡していたかもしれない。


「こちらに二匹捕獲してありますので、スライムの体内にあるコアを破壊するまでひたすら殴っていただけると幸いです」


 そうしていい年したおじさん二人が、屈強な男性陣に囲まれながらスライムをガンガンと叩き続けて3分。スライムが淡い光とともに消滅したのを確認した。


「ふう、ふう……は~」

「いやぁ、なかなか、疲れました、ね」


 さすがに年齢の事もあってか、全力でスコップを振り下ろし続けた二人の息は荒い。それに捕まえられたスライムだって一筋縄ではいかない。


 最初は、振り下ろしたスコップをぽよん、とはじいているところを、何度も叩くことによって弱らせる。そうしてスコップをはじかなくなったスライムにスコップの尖った部分を差し込んでいき、サクサクとコアを潰す作業が始まる。それに、慣れてないとコアは見分けづらいので二人が短時間で倒せたのは、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、的なノリによるものだ。


 最初、HEDのメンバーが攻略法を見つけ出すまではブーツで踏みつけたり、金属バットで殴ったりしていたため今となっては非常に無駄が多かったと思う。


 そうこうしているうちに二人の息も整ってきたようなので【能力】について確認してみる。


「どうでしょう、ダンジョンでスライムを倒した事によって【能力】が分かるようになりましたか?」


 総理と東町さんは一瞬、何かを思い浮かべるように上に視線を送った後、うなづいた。


「にわかには信じがたいが、自分が経験してしまったからには信じずにはいられないね」

「ええ、報告にあった通りこれまで訓練を通して身に着けて来たノウハウや技術が【能力】として確認できます」


 うん、特に問題はないようだ。そして、東町さんの【能力】が非常に気にはなるものの、聞いたら最後。自衛隊の闇に触れてしまいそうなので、非常に気にはなるもののグッと我慢する。


「さて、無事に【能力】についての確認は終えました。次の検証に移りましょう。少し早いですが、移動を開始しても問題ありませんか?」

「ええ、私は大丈夫です」

「自衛隊も問題ありません、総員移動用意!」


 あちゃぁ……声が大きいよ……。狭い空間で大声出したものだから、かなり奥まで反響したに違いない。東町さんちょっと張り切っちゃってる?


「東町室長殿、あまり大声は……」

「あ、失礼しました。つい昔の勘が……」


 一層で良かった、と息を吐く。

 これが二層で、ゴブリンがうろついている階層だったら、あっという間に私達は囲まれてしまっていただろう。音、というのはそれだけ厄介なのだ。


「さて、それでは先に進みましょう」


 そうして私達は少し進んだ先で再度スライムを捕獲した。

 これは検証の二つ目で使う。このスライムには申し訳ないけど、このまま引きずっていかせてもらう。


(そもそもスライムに痛覚なんてあるんだろうか?)


 と帰り道で謎の魔物や大量のゴブリンに襲われる――なんてこともなく私達はダンジョンの出口に到着していた。


「さて、それでは検証の第二段階に移ります。総理、閣下は外へ、私達は60秒の経過を待ち、ダンジョンから脱出します」

「了解した。自衛隊の一部はこちらに残しておくので、もし異常事態が発生したら協力して対処して欲しい」


 私が頷くと総理と東町さん、そしてその二人の護衛役の自衛隊員がダンジョンから脱出した。そこから約60秒を待つ事になる。


「何もないとは思うけど、一応警戒よろしくお願いしますね」

「「了解」」


 私の足元では捕獲されたスライムが所在なさげにぽよぽよと身体を揺らしている。なんだか少し可愛く見えて来てしまうのは気のせい、だよね。


 外では事前に許可された報道陣が待ち構えているはずだ。総理がダンジョンに潜る、何もない訳がない。まして国会の閉会直後のタイミング、ダンジョンに何もなくても聞きたいことがあるだろう。だけど、今日は彼らを利用させてもらう。


 検証の第二段階は、総理を始めとした権力者にダンジョンの危険性を訴える事が優先ではあるけど、国民にもこの事実を広く知ってもらうためにも報道陣の力を利用しない手はないだろう。


 例の一件以降、行き過ぎた報道、というものはかなり少なくなってきている。何事も過熱しすぎるのは良くない、国民に正しい情報を届けるのがあるべき姿だろう?とお爺様や各方面から圧力をかけられたようで、迷惑を被った側の人間からしてみればいい気味である。


「さあ、60秒経過したわ。ダンジョンから脱出しましょう!」

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