第43話 ブロッサム同士
午後三時三十分。身支度を済ませた生徒たちが、ぞろぞろと教室を出て行く。
リリーは蓮人が玲華と一緒に教室を出て行くのを横目で見ながら、隣の教室へと移動する。
「——ねえ、ちょっといい?」
教室に入るなり声をかけたのは、紫原澪だった。
澪は不思議そうに首をかしげ、目を見開いてきた。
「リリー・グレイ……あぁ、昨日会ったね。何か?」
「うん。来て」
リリーは短くそう言うと、そのまま教室の外に歩いて行った。
澪は数秒の間ためらうような嫌な顔をしながら頭を掻いていたが、リリーが廊下に出てしまうと、慌てて後を付いていく。
「ちょっと待ってよ。一体、何があったの?」
「…………」
ちらと後方を見る。
それほど細くはない体だが、どこか色っぽい感じがあるのは気のせいだろうか。スカートをわざとらしくフリフリさせながら後をついてくる。確かに、男子が彼女にしたいランキング上位にいるだけある。
だが——今リリーはその姿に、得体の知れない気味悪さしかなかった。同類。そして、一度死んだはずなのに。
そのまま歩調を緩ませることなく、すたすたと図書室へと歩く。
以前、蓮人と一緒に本を借りに来た場所である。平時でも、ほとんど利用されることはない、誰かに聞かれてはよくない話をするときには意外と便利な場所だった。
「はぁ……はぁ……っ」
そこまで急ぐこともないのに。図書室に入った途端、近くにあった椅子に座り込む澪。
それから数十秒後。呼吸が整ってから、澪は口を開いた。
「ええと……何の用かな?私、これでも暇じゃない方なんだけど……」
少し怪訝そうな顔をしながら、澪が言ってくる。
リリーはそんな様子の澪の表情なんか気にせず答えた。
「あなたは、なんで生きてるの?」
「え……?」
「——澪は、昨日の夜、死んでたはず」
リリーは、昨日の夜、確かに見た。
コンビニから帰ってる途中、細い通路にて、澪が血を流して死んでいた。
その時は、なぜ澪が?誰に?という疑問しかなかった。
だが、今日、なぜか澪が生きていた。
「……………」
澪が、ピクリと眉の端を動かした。
その後数秒間、リリーの顔を隅から隅まで見回してくる。
そして。
「——ああ。あぁ、私が死んだところ見ちゃったんだぁ」
「…………っ」
奇妙な喋り方に、リリーは一歩後ずさる。
それを見て、澪はすぐに立ち上がった。
「なんで死んでたか、知りたい?知りたい?」
「…………ッ」
普段の澪でない何か。
自分とは違う、別の何か。同類だけど、種類が違う。そう、リリーは感じた。
その瞬間、自分の体が勝手に図書室の扉を開けようとする。
「えっ……!」
だが、開かない。
「あれれ、逃げようとした?逃げようとした?」
「——っ」
リリーは息を詰まらせた。逃げ場がない中で、段々と自分の体が下に下がっていく感覚があった。
見ると、そこには真っ黒い穴のようなものが現れ、自分の体が吸い込まれていっていたのだ。
「なに、これ——」
もがくも、すでに下半身部分はその穴に吸い込まれていた。
「ぃひひ、ひひっ、どおしたの?そんなことしても無駄だよぉ」
澪が、笑う。
少し前までは想像もできない歪んだ笑みを浮かべながら、聞いているだけで頭がおかしくなるような声を発しながら。
「昨日はエグイもの、見せちゃってごめんねぇ。アレは、ただの不注意だったのぉ。まさか、魔人さんに殺されるなんてぇ」
「ま、魔人……っ?」
意識が遠のいていきそうな中、そんなことを言ってくる澪。
「ねぇ、どうして、一人で私に声をかけたの?それにしても、人がいない場所に連れてくるなんて」
「……っ」
確かにその通りだった。ピジーからは、危険な人物だと言われていたのに。なぜか、心のどこかで油断をしていたのかもしれない。
「あなたは——何が……目的なの?」
腹部が締め付けられるような感覚。痛いとかいう次元ではない中、声を発する。すると澪はにまぁ、と唇の端を上げる。
「にひっ、学校で玲華以外の友達を作ってみたかった、ていうのもあるしぃ、けど、一番となると——」
そこで一泊置くと、急にこちらに近寄ってしゃがみ、リリーの顔を覗き込む。
「——蓮人さん、だね」
「な——ッ!」
蓮人の名前を出され、言葉を詰まらせる。
そんな反応を見て、楽しむかのように歪んだ笑みを強める。
「あの人は素敵だよ。あの人は本当に——おいしそう。あの人の力が欲しい。あの人と一つになりたいの」
「な、なにを、言って——ッ」
リリーは、一体彼女が何を言っているのかが理解できなかった。いや、理解できるわけがなかった。
人間ではない何かが、一個人を——しかも、蓮人を狙っていただなんて、予想もできなかった。
しかし。そこでリリーにはある疑問が生まれた。
蓮人の力とは一体——
「……っ」
そんな疑問は、どこかへと飛んで行ってしまった。
澪が、あやしい手つきで、リリーの身体に指を這わせてきたのである。
「リリー。あなたも——すごく、いいよ。おいしそう、本当に、おいしそう」
息遣いを荒くしながら、左手を胸元に這わせ、右手で頬をなぞる。
「……っ、や、やめて」
「ふふっ、ほんとうは好きなくせに」
そう耳打ちをし、リリーの左耳に唾液の線を引いていく。
「い……っ」
「はあ……でも、ここで食べるのはもったいないし。まだ、残しておくよ」
澪は軽く頬に口づけを残し、身体を離していった。
「あなたは、蓮人さんの後に。もしくは、蓮人さんと一緒に」
そう言って、にまぁと笑みを歪ませると、カチャリと図書室の鍵が開きそこから出て行った。
足音が聞こえなくなると、リリーの視界は段々と暗闇の中へ吸い込まれていってしまった。
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