「YUNAさん。ジャケットを担当させていただきました、イラストレーターのmitsuruです」


「ああ美鶴ちゃん! どうしたの?」


「あの、実は折りいってお願い事がございまして———」


 私は用件を話し、ご検討いただけませんでしょうか、と問うた。


「……あはは!! いいね、最高にロックじゃん! 青春じゃん! ちょっと待ってね、おーいアリサ!」


 電話越しに別の女性の声が聞こえて、しばらくして笑い声とともに、その人が出る。


「電話かわったよぉ〜。ちょうどさ、新曲のMVに悩んでたとこだったんだよね! 面白そうだから、撮影していい?」


「えっと、そうなると、相手に許可とらないと」


「あ〜、大丈夫大丈夫。アイデアだけもらって、ちゃんと役者さん呼ぶから。もちろん、君に協力したあとで」


「そ、そうですか!」


「うん、でもまあ、学校の許可もとらないといけないから確約できないよ。君、どこ高?」


 高校名を伝えると、驚愕の声が聞こえた。


「マジ!? 出身校じゃん! やまやま先生、まだいる!?」


「あ、はい、います、います! 今、教頭やってます!」


「じゃあ、すんなり許可とれるかもしれないわ! おっけ、メンバーと、大人にかけあってみる」


 すいません、ありがとうございます、と頭を下げて、電話を切った。続いて、友達に電話をかける。


「どしたん、美鶴?」


「愛ちゃん、実はお願い事があって———」


 用件を話すと、今度も笑い声が返ってくる。


「あはは、美鶴はかわいいな〜」


「ちゃかすなっちゅーに!」


「はいよ〜、私もあたれるだけあたるわ」


「お願い、ありがとう」


 電話が切れると、今度は夢、そしてまた今度は、と学校の知り合いに電話をかけていく。


 数十人にかけ終えたタイミングで、ノックの音が鳴る。返事をすると、お母さんが部屋に入ってきた。


「美鶴、これ」


 ビニール袋を差し出され、受け取るとずっしりきて腕が落ちそうになる。中身を確認すると、栄養ドリンクやらなにやらが沢山入っていた。


「昨日、帰ってきた時、暗かったでしょ。好きなの飲んで、元気になりなさい」


 自然と口元が緩む。


「お母さん、不器用だね」


 そう言うと、お母さんは笑った。


「不器用な娘の母だから当然。ま、頑張りなさい」


 出ていくお母さんの背を見て、内心で答える。


 頑張るよ。頑張って重ねてきた好きを形するよ。


 ***


「はい、イラストレーターのmitsuruです。あ、YUNAさん、MV撮影についての件……決まった!? 明後日、はい、はい、はい、そうですか! ありがとうございます!」


 よし!


 私はぐっと拳を握って、スマートフォンをしまう。教室に戻って、友達二人に声をかける。


「MVが決まった!」


 愛ちゃんと夢は、おー、と手を叩いた。


「すごいね、cruse 呼べるなんて。この学校のOGって言っても、しっかり、メジャーデビューしたバンドじゃん」


「ジャケット担当したバンドの人繋がりでね。たまたまMV撮影できる学校探してたみたいで。それで、なんだけど……」


 私が言い終える前に、愛ちゃんは言った。


「大丈夫だよ、男の子もみんな協力してくれるって」


 うんうん、と夢が頷く。


「ゆめの先輩たちも、しょーだくしてくれたよぉ〜」


「ありがとう! 頼りになる友達がいて良かった!」


 そう言うと、いやいや、と二人は首を振った。


「美鶴の人徳……って言っていいのかな? 美鶴が可愛くて、学校でそれなりに有名だから、みんな手伝ってあげよう、ってなったんだと思う」


「そうそ、いくら親しい先輩とはいえ、知らない人のために協力はしづらいからね〜。言い方悪いけど、誰それ、で終わらなかったのは美鶴だからだよ」


 そんな話をしていると、クラスの子に声をかけられる。


「話聞こえちゃったんだけど、決まったんだって?」


「うん! だからラインで頼んだこと、お願いしていいかな?」


「了解! 美鶴には家庭科の時間にお世話になったしね〜」


 話が広がったのか、周りに人がどんどん集まってくる。


「あっ、なになに、決まったの!? 私も協力するよ〜」


「体育祭で活躍してもらった分、返さなきゃね〜」


「くぅ〜男として協力したくない」


「いいじゃん、面白そうじゃん」


 ざわざわとして、和気藹々。笑顔のみんなに囲まれる。


 一人でいた小学生のときは、考えられなかった。


 また好きが重なる。でもそれでいい。


 もう好きを重ねることは迷わない。良いことか、悪いことか、それを決めるのは私ではないんだから。


 ***


 放課後の屋上。赤い夕日にオレンジ色に染められたそこで、突っ立って待つ。


 数分して扉が開かれ、高良がやってきた。いつもより表情がかたい。そりゃそうだ、先週に私を振ったばかりなんだから。


「ごめんね、高良。呼び出しちゃって。実はお願い事があって」


「うん」


「明後日の昼休みさ、中庭に来て欲しいんだ。なんか用事とかあったりしない?」


「いや、大丈夫だよ。全然いい、けど……」


 高良の口調からして気にしていることが伝わってくる。


 振られたんだ、って実感がわく。でも、まだ私は振られていないという気持ちがある。高良が振った私は、正しい私じゃない、そんな気がする。


 よくわかんない。だけど、なんとなくこう言いたくなった。


「高良、私の重ねた好きをなめんなよ」


 自然と思いっきりの笑顔が出た。


 高良と別れ、明後日の昼休みにむけて覚悟を決める。


 私の重ねた好き、形にして見せてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る