清楚姫が新卒入社してきた②

 迎えた翌日、通勤ラッシュ人ごみに押し潰されそうになりながら電車に揺られ、疲労困憊になった俺は会社の最寄り駅にたどり着いた。小学生から高校卒業まで続けたサッカーで鍛えられたフィジカルでなんとか潰されずに済んだが、いまだに満員電車には慣れない。押し寿司の米ってこんな気分なのかな。

 都会の雑踏の中、駅から会社までの道を俺は朝からソワソワしていた。昨日は結局、報告書の作成に追われたため、新入社員の履歴書などを見る暇もなかった。

 よくよく考えたら、教育担当の俺に情報が全く入ってこないってやばくない?先輩は「会えばわかる」なんていうが、いささか不安しかない。


 そして時刻は9:00。始業の時間となった。うちの会社は毎朝、社長の朝礼から始まる。いつも通りのギリギリ出社をかました俺は、社長の横にいる少女に目が行った。

 比較的女性社員の多いうちのオフィスでも一際目を引くその美貌。あんな子うちの社員にはいないはず。てことはあの子が新入社員か。女の子なんだな。

 そういえば、同じ高校なんだっけか。あんな子いたかな。

 なんて思いふけっているところに、ハキハキとした社長の声が響く。

「みんなおはよう。早速だが、今日から新しく我が社の一員になってくれる子を紹介する。ささ、姫野さん。みんなにご挨拶を」

 姫野さんと呼ばれた少女が一歩前に出る。

「みなさま初めまして。本日より入社いたしました。姫野眞尋ひめのまひろと申します。よろしくお願いいたします」

 澄んだ声で自己紹介をした姫野さん。第一印象はTHE・清楚。おしとやかで落ち着いた雰囲気でありながら、比較的小さな背や幼さが残る顔立ちで可愛らしさもある。よく見てみても整った容姿をしている。今まで出会った中でもトップレベルの美女ではないか?まぁ、このレベルの美女だったら、一度会ったら忘れることはないだろうし。

 ……ん?

 一度会ったら忘れないほどの美女……?

 同じ高校……?

 姫野眞尋……?

「あぁ!?」

「うわぁ!いきなりどうしたのしのむー!?」

 周りの視線が一気に俺に集まったが、それどころではない。

 思い出したぞ……!姫野眞尋と言えば……

「そうそう。姫野さんは篠村君と高校時代の同級生だそうだ。そういうこともあり、篠村君に彼女の教育担当をやってもらうことになったとはいえ、同じ会社のメンバーだ。みんなで助け合っていこうじゃないか。それじゃ、今日も頑張っていこう!」

 社長の一言で、それぞれの仕事へ取り掛かっていく。皆きっと、彼女と話したいだろうけど、その辺りのメリハリはしっかりしている。


 ってかそれどころじゃない。あの姫野だぞ。全校生徒1,000人近くいる高校で一番の美女とも言われていたあの姫野だぞ。

 美しいとかわいいが両立したといっても過言ではない容姿、おしとやかで誰にでも分け隔てなく接する優しさ。まさに完璧であった彼女。当然、3年間で数多の男たちが彼女に想いを告げてきた。しかし、彼女はそれらの想いに一切応えることはなく、いつしか生徒のほとんどが彼女を神聖視するようになっていた。

 そんな彼女につけられた呼び名が「清楚姫」。あの高校の者なら知らない者はいない超有名人の姫野だぞ。

「今よろしいでしょうか?」

 いつの間にか、呆然と立ち尽くす俺の前に現れた姫野に声を掛けられる。

「お久しぶりです、篠村さん。2年生で同じクラスになった時以来ですね。覚えていますか?」

 しかも認知されていた。学校一の美女が、平々凡々な俺のことを覚えていたなんて。どこまで完璧なんだこの人は……

「お、おう。覚えてるぞ。久しぶりだな姫野。改めて、篠村朔だ。よ、よろしくな」

「覚えててくれたんですね!うれしいです。改めまして、姫野眞尋です。よろしくお願いします」

 そういうと姫野は、にこやかに微笑んだ。

 か、かわいい……。最後に見た卒業式の時から4年を経てより清楚になっておられる。こんなかわいい子としばらく一緒にいるなんて。俺、耐えられるかな?

 動揺を必死に隠して、俺は姫野に話しかける。

「じゃあ早速だけどオフィスの案内をしようと思うが、大丈夫か?」

「はい。お願いします。なんだか楽しみです」

 そう言うと姫野は軽い足取りで俺の横に並ぶ。女慣れしてない俺は、その動作だけでドキドキしてしまう。思わず顔を背けてしまいそうになるが、さすがに不自然なので何とか耐えた。

 そして俺は気を取り直してオフィスの案内を始めた。無言で歩くのも気まずいので、会社の紹介をしながらオフィスを案内した。


「案内はざっとこんな感じかな。一応俺は今年で3年目だから、何かわからないことがあったら遠慮せずに聞いてくれよ」

 案内を終え、俺は姫野を席へと案内した。自分専用のデスクが嬉しいのか、彼女はデスクをキョロキョロと見渡している。そんな彼女の後ろ姿に向かって、俺は声をかけた。

「それは助かります。ということは、ここでは貴方が先輩ですね。」

 すると姫野が急に俺の方を振り返り、微笑みながらこう言った。

「頼りにしてますよ、?」

 そして彼女は満足そうにデスクの整理をはじめた。

 社会人3年目、高校時代に清楚姫と言われていた同級生の教育担当になってしまった。しかし、俺の目の前にいるのは、小悪魔のようなあざとい言動を見せつけてきた姫野。

 ……あなたって清楚姫じゃなかったっけ?




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