第19話『傲慢皇女の末路-2』
――アンジェリカ(皇女)支点
そして――私の意識は覚醒する。
「………………へ?」
場所は変わらず地下の拷問部屋。
目の前にクラリスが操る骸骨達が私の方を見て笑っているのも相変わらずで、勇者とクラリスが仲良さげにこちらを見下しながら会話しているのも意識を失う前のままだ。
違うのはただ一点。
「私、今死んで……あれ?」
手段は未だに分からないけれど、私は喉にナイフを突き刺され、窒息死したはず。
それなのに、今この瞬間は私の喉にナイフは刺さっていない。
「今のは……夢? いや、しかし――」
夢にしてはあまりにも現実感のある痛みだった。
今でもハッキリ覚えている。あの痛み、苦しみ、そして絶望。
それらが全部夢だったなんて、にわかには信じられなくて――
「夢じゃありませんよ?」
私の呟きを聞きつけたのか。
いつの間にか私のすぐ隣に移動していたクラリスに、私の耳が引っ張られる。
「いっつっ。は、離しなさいっ!!」
「あはははははははははははははは。そう言われて『はい分かりました』だなんて言うと思ってるんですかぁ? そもそも、何度も何度も『やめて』『許して』『助けて』と言った私たちに対してあなた達が何をしたのか。もしかして忘れちゃったんですかぁ?」
「この……ぐぅっ――」
抵抗しようともがくが、それをクラリスが使役する骸骨達に阻止された。
私の手が、足が、汚くて
「汚らわしい。離しなさいこの亡者共!! 私を誰だと思っているのですか!? 私は――」
「そんなのもちろん知ってますよ。私たちをたくさんたくさんたくさん可愛がってくれたこの国の皇女様ですよね? 分かっているからこそ、みんなまだあなたと遊んで欲しいんですよ。可愛がってくれたお礼をしたいと、そう皆は言ってます。みんな、とっても良い人たちでしょう?」
汚らわしい。
私の耳は依然クラリスにつままれたままであり、そこから脱しようにも四肢は骸骨達に取り押さえられたまま。
こんな下賤な民達が特別である私に触れる事など許される事ではないのに。
それなのに、私にはどうする事も出来なかった。
「さぁ皇女様ぁ。一度目の死はどんな感じでしたかぁ? 身体が冷たくなっていくのが感じられて、とても寂しくなってしまう感じでしょうか? それとも自分をこんな目に遭わせた私たちを恨みながら、それでも眠たさには抗えない感じでしょうか? ねぇねぇねぇねぇねぇ。聞かせてくださいよぉ?」
「何を……言って――」
「あれ? もしかして気づいてないんですか? 鈍い皇女様ですねぇ。あなたは一度、死んだんですよ。体験してもそれが分からないなんて、本当にあなたは愚かなんですねぇ。少しはお父様である皇帝を見習ったらどうですかぁ? まぁ、あそこまで無気力になられても萎えてしまいますけどね。えいっ」
未だに膝を屈し、身動き一つしないお父様。
お父様ならばどうとでもなるだろうに、クラリスが操る骸骨達に頭をペシペシ叩かれても一切反応していない。
いや、そんな事よりもだ。
私が……死んだ?
何を馬鹿な事を。私は今、こうして生きている。
けれど……先ほど見ていた現実感のある夢。
その中で私は確かに死んだ。
夢か、もしくは幻術か何かだと思っていたけれど。
まさかあれは……現実?
いや――――――そんなわけがないっ!!
「ふ、ふふ。何を馬鹿な事を言っているのですか。私は今、こうして生きています。確かについ先ほど、私は自分が死ぬという幻を見ました。けれど、それは
「ふぅん。幻ですか」
「ええ、とても高度な幻みたいで少し騙されてしまいそうになりましたけどね」
「へぇーー」
「勇者の力は相手に幻を見せる事でしょう? とても現実感のある幻を見せる事が出来るみたいですが、それでも幻は幻。手ごたえなども感じてしまうくらい精巧な幻のようですが、それさえ分かれば――」
それさえ分かればやりようはある。
そう断言しようとする私でしたが。
「アハハハハハハハハハハッ。キャハッ。本当に皇女様ったらお馬鹿さんなんですねぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 自分の理解できる範囲でしか物事を判断しない。アハハハハハハハハハハッ。可愛い可愛い可愛いですねぇぇぇぇぇぇ! アハハハハハハハハハハッ」
ガギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ――
クラリスが笑う。
彼女が操る骸骨達も、歯をガチガチと鳴らして笑っている。
ちらりと目をやれば、勇者も私の方を見て苦笑いだ。
「な、何がおかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
我慢ならなかった。
この私が
「くふふふふふふふ。皇女様が悪いんですよ? そこまで物分かりが悪いとは思いませんでした。あぁ、可愛い。可愛いから……念入りにお兄さんの力を教えてあげちゃいますね?」
ぶちっ――
「あぎぃっ――」
痛い。
もう何がなんだか分からないくらい痛い。
「はい、これが皇女様の耳ですよぉ? とても可愛らしい耳。でも、私の趣味じゃないのでお返ししますね?」
私の目の前で手を振り、狂気に満ちた笑顔で何かを言っているクラリス。
激痛に悶えている最中の私は、聞こえはするけれどその意味は理解できないという状態にあった。
そんな私に。
クラリスは強引に私の口を開け、何かをねじ込んできた。
「おご、おごぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
苦しい。
息が出来ない。
これは……現実? それとも勇者が見せている幻術?
いや、幻術に決まっているっ!
私は意思を強く持ってこの幻術に呑まれないように心を奮い立たせて――
バキボキベキッ――
「むぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――」
瞬間、更なる痛みが私の身体を襲ってきた。
骸骨達に掴まれていた四肢が痛くて痛くてたまらない。
多分だけれど。汚らわしい骸骨達に手足を折られたのだろう。そんな音が聞こえた気がする。
でも、大丈夫。これは幻術。
きっと現実には折られていないはず。
「ぐごっぐごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
まやかしの苦しさから逃れる為、私は口にねじ込まれた何かを取り除こうと両手を動かそうとする。
しかし、私の両手はびくんと震えるだけで動いてくれなかった。
それどころか、動かそうとするだけで鋭い痛みを私に与えてくる。
「ぐごっ……ぶぅっ……」
そうして。
息がつまり、激痛に苛まされながら、私の意識は再び闇に堕ちるのだった――
★ ★ ★
そして私の意識は再び覚醒して。
そうして息を吹き返す度に私は屈辱的な死を繰り返した。
これは幻。これは幻。これは幻。
本当に……そうなの?
この痛みが、苦痛が、嫌悪感が。
その全てが幻?
いえ、気を強く持たなければ。
ここで折れれば私は――
そう思いはするものの、死ぬたびに私の虚勢は少しづつ色あせていく。
「ふぅ。これで273度目の死。皇女様ったらすっごいタフですねー? そこだけは素直に尊敬しちゃいます。この期に及んでも今までのが幻だと思ってるみたいですし」
目の前の悪魔が何かを言っている。
この悪魔はとても恐ろしい存在。
本音を言えば、すぐにでも泣いて許しを請いたいと思ってしまっている。
今からでも遅くはない。もう泣いて土下座して許してと叫んでみようか?
「――ダメッ!!」
そんなの認められない。
私が……特別である私が……この
耐えろ。耐えるのです私。
いつかきっとこの悪夢も終わる。そのはず。そう信じるしかない。
だから――
「あら? あらあらあら~~? 皇女様ったらとっても情けない顔ですね~~? 目がうるうるしちゃって。泣きたいんですか? 頭を下げたいんですか?」
「うる……さい」
「うふふふふふふふ。覇気がないですよ皇女様? そんな泣きそうな顔で凄まれてもぜーんぜん怖くありません」
「くっ――」
でも、ダメ。
何度も殴られ、肌を削られ、四肢をもがれ、首を刎ねられ。
その時の痛みと恐怖がこびりついてしまって、もうこの
「怖がっちゃって可愛いですねぇぇぇぇぇぇ!? キャハハハハハハハハ。もう一押しといった所でしょうか?」
「もう……くっ――」
もうやめて。許して。
その言葉が喉元までせりあがってきているけれど、どうしても言いたくない。
「このような幻をいくら見せられたところで……私は――」
代わりに出てくるのはそんな強がり。
もうすぐこの幻術も解けるはず。
私はそう信じるしかなくて――
「アハハハハハハハハハハッ。またそれですかぁ皇女様ぁ? いい加減気づきましょうよぉ? それとも、認めたくないから気づかないふりをしてるんですかねぇ?」
「何の……事ですか?」
「今までの事が全部が全部、現実だって事にですよぉ? 皇女様は実際に何度も何度も死んでるんですよぉ? それをお兄さんが無かったことにしているだけ。皇女さんは
「そんな訳が……」
ピキリッ――
ひび割れる。
「確かに
ピキッピキッ――
私の中の何かが……小さく音を立てて壊れていく。
「高度な幻術は痛みさえも再現できると聞きますっ。だからこれもきっと夢っ。そのはずなのです。だからこうして私は今も生きて――」
「ふぅん。別にそう思うのは自由ですけどね。でも皇女様、一つだけ聞いてもいいですか?」
ピキピキッ――
「何度も死んでしまって、痛みも現実と変わらない夢。それって、現実と何が違うんですか? 少なくとも皇女様が夢だと思ってるコレ、勇者のお兄さんが解除しない限り永遠に続きますよ?」
パキィンッ――
この夢か現実が分からない苦痛。
それが永遠に続く。
それを聞いて――私の虚勢は完全に砕け散った。
「――して……ください」
「はい?」
「から……して……ください」
「さっきからよく聞こえませんよ皇女様ぁ? もしかして、やるなら早くやってくださいとか、そういうのですかぁ? そう言われたら仕方ないですねぇ。それじゃあ次は――」
それがとても怖くて――私は思い切って大声をあげた。
「だから――許してくださいっ。もうイヤ。イヤなんですこんなの。耐えられるわけがない。イヤッ。イヤイヤイヤイヤァァァァァァァァッ!!」
恥も外聞も何もない。
ただ、私は絶対者である
「あはっ。はは。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ。ようやく泣いてくれましたねぇ皇女様ぁ? でも……ダーメ♪ だって皇女様。私たちがそう泣いてもやめてくれなかったじゃないですかぁ。だから私たちも……ね?」
「イヤです許してくださいもうしませんだからだからもう殺さないで現実とか夢とかどうでもいいのぉぉぉぉぉぉぉ。もうこんなの全部全部嫌なのぉぉぉぉぉぉっ!!」
「あはっ。皇女様ったらとっても情けないですねぇ。こーんな情けない姿を私なんかに
「イヤッ。助けてお父様。お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あらら。少し虐めすぎちゃいましたかね? ショックが大きすぎて私の声すら届いてないみたいです。まぁ、構いませんけどね? 今から痛い痛いすればさっきまでと違った面白い姿が見れるでしょうし。くふ、くふふふふふふふふふふふ」
その後の事はあまり覚えていません。
あまりにも痛くて、苦しくて、何度も体が冷たくなって。
何度も何度も意識を取り戻しては泣きながら逃走を試みて。
だけどそれは全部失敗に終わって――
それを繰り返すうち。
ワタシはもウ、ナニもかんがエラレないにんぎょうにナッテイマシタ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます