第8話 惨劇2(クラリスver)
響きわたる悲鳴に微塵も動じないまま、地下から退出した皇帝。
しかし、皇女はその場に残ったままであり――
「あなた――とても可愛らしい顔をしていますね?」
突然、皇女は檻の中に捕らわれているクラリスを見ながら言った。
「え? 私……ですか?」
「ええ、そうです。あなたの事ですよ。こんな所に閉じ込めてしまってごめんなさい」
「な、なにを!?」
クラリス達をこんな目に遭わせた帝国。
そこの皇女様が何を考えているのやら、そんな事を申し訳なさそうな顔で言っていた。
当然、優しいクラリスやその周りの村人たちも眉を吊り上げるが――
「あなたの怒りはもっともです……よね? 本当に申し訳ありません。ですが……この国において皇帝であるお父様の意志は絶対です。それは娘の私でさえ例外ではない。本当はこんな凶行など止めたいのですが……」
悲痛そうな表情を見せ、謝り続ける皇女。
「皇女様……」
先ほどまで眉を吊り上げていたクラリスが何とも言えないような顔になる。
そんなクラリスを見て、皇女は、
「副団長さん、彼女を牢から出してあげてくれませんか?」
なんとクラリスを牢から出すように部下へと指示を出していた。
「了解しました」
あまりにもあっさり牢屋から出されるクラリス。
さすがに拘束なしに解放されるという事はなく、その手は
「皇女様……なぜ私を……」
「さぁ、なぜでしょうね? でも、なぜか美しいあなたを見ていたら私がとても醜い存在に思えてしまって……。私に救える数人くらいは救ってあげたいと思ってしまったんです。だから――」
パチンッ――
皇女が指を鳴らす。
すると――
「なんだ? 拷問を止めさせた……のか?」
皇女が指を鳴らした途端、村人たちへの拷問を止めた騎士たち。
「お父様が見ていない今、このような無法を止める。この程度の事しか私には出来ないのです。しかし、こんなものはその場しのぎのようなもの。本当にごめんなさい」
「皇女様……」
「ふふっ、もしかして心配してくださっているのですか? 外見だけでなく心のうちまで素敵なんですね。本当に醜い私とは大違い」
「そんなっ! 皇女様は私なんか比べ物にならないくらい綺麗だと思いますっ!!」
「ふふっ、ありがとうございます」
そうして打ち解けるクラリスと皇女様。
「その身も心も清いあなた。お名前を聞かせて貰ってもいいですか?」
「そ、そんな清いだなんて……。え、えっと……私はクラリスって言います」
「クラリスさん。ああ、なんと美しい名前なのでしょう」
「あ、ありがとうございます」
自然に微笑む皇女と、恐縮しまくっているクラリス。
そうして二人の会話は続き――
「ねぇクラリスさん。私にあなたを助けさせてくれませんか?」
そんな提案を皇女はクラリスへとしていた。
「え? 助ける……ですか?」
「ええ。そうです。あなたはこんな所で死んでいい人ではありません。もっとも、非力な私では数人しか逃がしてあげられませんけど――」
「数人……」
「ええ。ご家族でも友人でも恋人でも……誰でも構いません。クラリスさんにとってかけがえのない方。それを私に教えてくださればすぐにでもここから逃がしてあげられます。――どうでしょうか?」
「そんな事……言われても……」
クラリスは檻に捕まっている自分の姉妹、そして自分の両親へと視線を飛ばす。
誰も彼もが檻の外に連れ出された自分を心配している。そんな優しい人たち。
そんな人たちを救える。その鍵を今、クラリスは握っていた。
だというのに、俺にはクラリスがその選択をすることを
「まぁ、無理もないわな」
自分の大切なものを救う。
村人という大勢の人間の中から大切な家族という一部を救う。
それは逆を言えば、その他多くの村人の命を切り捨てるという事だ。
命の取捨選択。
そんな重い選択ができるほど、俺が見てきたクラリスは残酷じゃない。
虫も殺せないくらい優しいから。そんな選択などできるはずがないのだ。
だが、選ばなければそれはそれで全員死んでしまう。
ゆえに、選ばなければならない。
そうして――彼女は檻の中に捕らわれている自分の家族を指さして「お願いします」と口を震わせながら告げた。
「ふふっ。分かりました」
そうして皇女は部下の騎士たちに命じ、檻の中に捕らわれていたクラリスの家族を出す。
「皇女様。その……ありがとうございます」
そんな皇女に感謝するクラリス。
だが――
パチンッ――
再び皇女が指を鳴らす。
そして――
「ちょっ。いやっ! なんで……助けてくれるって……」
「やだっ。やだぁっ!!」
「ど、どう言う事だ!? 話が違うぞ!!」
「あなた、あなたぁっ!!」
強引に歩かされるクラリスにとって大切な人達。
それらが向かうのは自由な外なんかではなく、今も血に塗れた拷問道具の方で――
「――――――え?」
いきなり訪れた家族の
姉が、妹が、父が、母が。
かけがえのない自分の大切が酷い目に遭おうとしている。
「皇女……さま?」
震える口でクラリスは皇女に問いかける。
そんなクラリスに応えるかのように皇女は振り返り――
「ふっふふ。はい♪ なんですか?」
「――――――」
満面の笑みでクラリスの方へと振り返る皇女。
漏れ出る笑みを必死に抑えようとしている皇女。
異常だった。
「あの……どういうことですか? 助けてくれるって……」
そんな皇女の姿に戦慄しながらも、クラリスは勇気を振り絞って尋ねた。
しかし――
「アハハハハハハハハハハッ。まぁだ分からないのぉ? あんなのぜ~んぶ嘘に決まってるじゃない。アンタの大切にしている人たちは他ならぬアンタのせいで今から苦しみぬいて死ぬのよバーーーーーカ。アハハハハハハハハハハッ!!」
「っ――」
その態度を
先ほどまでのしおらしい態度は演技だったようだ。
「ま、そりゃそうだわな」
前回の周回の時、クラリスは皇女の事を特に憎んでいるように見えた。
つまり、それほど屈辱的な何かをされたという事だ。
ここで皇女がクラリスを逃がしてハッピーエンドとなるようなら、クラリスが闇堕ちする事もなかっただろうしな。
「この……悪魔ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「アハハハハハハハハハハッ。そうよその顔。美しいその顔が醜く憎しみに歪むその顔が見たかったのよぉぉぉぉ。ねぇ、気分はどう? 罪悪感に苛まされながらも助けたい人だけを選んだのに、そのせいで大切な人たちが惨い目に遭う今の気分は? ねぇ? ねぇ? 聞かせてよクラリスゥゥゥゥゥ。アハハハハハハハハハハッ――」
「このっ。離してっ――離せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
皇女へと掴みかかろうとしたクラリスだが、すぐ傍で構えていた副団長にあっさり拘束されてしまう。
そうなってしまえば抵抗など無意味。クラリスには皇女へと恨み言を吐く事、そして皇女を睨めつける事しか出来なかった。
そうしてその間もクラリスの大切な家族達に拷問の手は及ぼうとしており――
「いや、お母さん、お父さん。イヤ……イヤァァァァァァァァァァァッ――」
「アハハハハハハハハハハッ。本当にいい気味ねぇ。さすが家族だけ助けて欲しいだなんて言うだけあるわね。醜い豚らしく喚いてみっともな~~い♪ 自分は清く正しいなんて面しちゃってさぁ? 心まで醜くなった気分はどう?」
「醜いなら醜いでもいいけどさぁ? あっさり敵である私なんかを信じるなんて頭も足りないんじゃないのぉぉ? 醜い上に知恵も足りないなんて救いようのない豚ねぇっ!」
「そんな醜い豚なのに……なんて整った顔。それにこんな環境だと言うのに美しい髪。磨けば光るでしょうねぇ。それだけに……私はあなたが憎らしい。
――だから絶望してもらいましょう。約束通り、あなたはたーーっぷり私が可愛がってあげます。あなたの大切が全部壊れたら次は貴方の番。あなたの大切が受けた痛み、後でたーーっぷりあなたにも体験させてあげますからね? アハハハハハハハハハハッ――」
そうしてクラリスの家族達は他の村人たちが吐いてしまう程の拷問を受け。
その惨状に生きる希望を無くした村人が出たため、やりすぎてしまったと皇女は上辺だけの反省をすると共にクラリスの家族達をあっさり処分し。
誰もが自分達を憎むように。諦めや恐怖ではなく憎しみが自分達に向くような痛みを村人達に与えるのだった。
特に、クラリスに対してだけは念入りに。じっくりと。延々と。
そんな地獄の宴が――なんと数か月も続いたのだった。
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