第23話 ~本物~

「バタンッッ!」


 屋敷の扉を自ら勢い良く開ける。


「お帰りなさいませ、ライリーお嬢様。遅くまでご苦労様でした。直ぐお食事になさいますか? 旦那様と奥様は、既に済まされております」


 日に限って、出迎えはか……。

 この場合、父親(伯爵)への挨拶が長時間に及ぶ事を意味している。


 殿下に対し下着姿での謁見。

 使用人を巻き込んだ衣装製作。

 ご令嬢達とのサロン経営。


 説教こそされないが、私は『説明責任』を果たさなければならない。


 前回は『舞踏会での失態』について、経緯、動機、目的の詳細を伯爵に求められた。


 無論、逃亡は不可能――。


 色白でぽっちゃりした、を思わせる『イーサン・キュラス』伯爵(父)。

 日頃から『ニコニコしていて穏やかな貴族』と人気者の彼だか、あの時だけは目が一切笑っていなかった。


『決して怒らせてはならない……』そう元・ライリーメモにも書いてある。


「夕食は、をお願いします……」


 私は挨拶後の『胃痛』に備えた。


 


 それから数時間後――。


 1時間40分にも及ぶを終えた私は自室に戻り、ベッドへ身を投げる。


「しんどっっ! でも何とか許してもらえた……」


 言葉にこそしないが、最後に父親の瞳に光が戻っていたので『責任は果たせた』筈だ。



「……ハッッ! 魔法書――!」


 疲労と安堵に包まれて一瞬寝落ちしたが、すぐさま体を起こす。


 彼(魔法書)とは、の関係しか持てない……要は半日しか借りられなかった。


「貴方の全てを、私に見せて頂戴……」


 ベッドの上で表紙を開くと、一晩ではとても写し切れない程の目次(魔法名?)が並んでいた。


 (とにかく、に関する魔法だけでも探さなければ!)


 それでも、催眠、媚薬、予知、監禁、タイムリープ……魔法に頼りたい事は山程ある。


「やるしかないかぁー」


 睡眠時間を捨てる覚悟をしたと同時に、自室のドアがノックされた――。



「ライリー様、もうお休みになりましたか? 何時ものホットミルクは、いかがいたしましょう?」


 (ユーセぇぇぇー!)


 時間的に諦めていた助っ人の登場に、涙が溢れる。


「ミルクはいらないから入って!」


「はっ、はい? ……失礼します」


「貴女が起きていて良かった……手伝って欲しい事があるの!」


「えっ!? 申し訳ございません、ライリー様。私もまだ仕事が残っておりまして……では役不足でしょうか?」


 ユーセの背後から、ネムが姿を見せた。


「こんな夜遅くに何事? 少しは人の迷惑を考えて欲しいわ!」


「まだ起きていたの、ネム? 子供は早く寝なさい!」


「五月蝿いわね……もう『子供じゃない』し、そんな夜もあるのよ!」


「注意も聞かずに、をしたからでしょう? ネム」


 先輩使用人の暴露によって、少女は一瞬で茹でダコになった。



「……で、何なのよ? 『手伝って欲しい事』って?」


 少し落ち着いたところで、ネムが渋々話を聞く。


「本の『写し』をしたいの! 読み上げてもらえればいいから!」


「本ですか? どの様な……わあ、懐かしい!」


 ユーセの声(テンション)が一段上がった。


 (……懐かしい?)


「ほんとに……よく手に入れたわね?」


 ネムは魔法書を手に取り、ページをパラパラとめくる。


「2人は知っているの? この本」


「はい! 幼少期に『魔法使い』は、必ず読みますから」


「それより、こんなの内容を写してどうするの?」


 使用人達の発言に、あるじの脳は混濁した。


「えっ、幼少期? 絵本? ていうか貴女達……『魔法使い』なの!?」


「ええ、そうですが……お伝えをしていませんでしたか?」


「してないっっ!」


「それは、大変失礼を致しました。私やネム、クガイの3名は魔法使いです。旦那様と奥様は承知しておりますが、他の方々には『内緒』ですよ?」


 (……ほう)


 口元に悪戯っぽく人差し指を立てるユーセに、見とれている場合ではない。


 今度は私が、彼女達へ説明を求める番だ――。

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