第10話 貴方と生きたい③



「先程からお前達は、一体誰に向かって言葉を発しているんだろうね?」

「せ、精霊様、」

「私はお前達に発言を許可した覚えはない。それともお前達は人間の分際で精霊である私よりも偉いというのか……はっ、人間如きが?」

「ち、ちが」


 わたしを包む彼の手はとても優しく温かいのに、何故か目の前にいる両親や妹達へ向ける視線がまるで相手を射殺さんばかりに鋭くなっている事に気付いた。驚き固まってしまったわたしに気付いたフィルは、先程とは打って変わって少し困ったような笑顔でそっとわたしの髪を撫でた。


「リリーすまない、決して聞いていて気持ちのいいものではなかっただろう?」

「わたしは大丈夫だよ」

「リリーは優しいね。先程は邪魔が入ったけど、今度こそ君の気持ちを教えてほしい。私と共に精霊界へ来てくれるかい?」


 そう言って首をかしげる彼は、本当に一瞬だけ不安そうな表情をしたように見えた。

 あの日の事は泣きじゃくる子どもに対する一時の戯れだと切り捨てる事も出来た筈なのに、彼はそうしなかった。


 約束通り迎えに来てくれた。

 だからわたしは、誠実な彼に本心を聞いてもらいたいと思った。


「わ、わたしね、あの日フィルと出会えた事が、貴方がくれた約束が、ずっと心の支えだった。いらない存在だったわたしに、貴方が……フィルだけが優しくしてくれたの。あの時、『わたしも連れて行って』ってせがんだけど、今でもあの言葉に嘘はないよ。フィルが精霊でも人間でもいい、貴方がいい……フィルだけがいいの!!」


 みっともなく泣きすがるわたしに、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。リリーの気が変わっていなくて。ずっと連絡を取る事が出来なかったし、私の方こそ忘れられているかもしれないと不安だったんだよ」

「フィルを忘れる筈ない!!」

「ふふ、そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ最後に家族に言いたい事はある?これで本当に最後になるから」


 そう言われて改めて両親と妹の方へ向き直る。

 あれほど渇望した目の前の家族は本当に幸せそうで、わたしが心から欲した“家族”という形だった。


 この人達に愛され、抱きしめられたかった。認められたかった。

 頑張って仕事をこなせばいつかきっと認めてもらえると信じてきた。


 ……でも、もういいのではないだろうか。

 いくら幻想を追い求めても結局はいつも虚しいだけだった。

 今までずっと愛されたいと願った自分の心に執着してきたけれど、もう自由になりたい。

 妹に両親や使用人がいるように、これからのわたしにはフィルがいる。


 だから、もう大丈夫。

 この行き場のない思いにも、ようやく区切りをつけられる時が来たのだと思う。

 見上げればわたしに微笑みかけるフィルと目が合い、わたしは静かに首を横に振った。


「ううん。もういいの」

「本当にいいのかい?」

「うん、だってこれからはフィルが側にいてくれるんでしょう?」

「ああ、ずっと側にいるよ」

「じゃあもういい。あの人たちだって、わたしからの別れの言葉なんか望んでいないもん」

「分かったよ。それじゃあ、これから少し君のご両親達と話がしたいから、少しだけリリーの耳を塞いでもいい?」

「うん、分かった」


 フィルの手がわたしの耳に触れると、不思議と一切の音が聴こえなくなった。

 わたしとフィルは向き合う形になっているからあの人達の顔は分からない。

 しばらくすると話が終わったのか、フィルの手が離れそれと共に音が耳に入ってくるようになった。


 しかしすぐに眩い光と共にふわりと宙に浮く感覚があり、次の瞬間には先程までの伯爵邸ではなく、見た事のない豪華な部屋へと移動していた。


「さぁ、今日からここがリリーの暮らす部屋だよ。必要な物があれば何でも言って?すぐに用意させるから」

「あ、あのフィル、わたしこんなに立派な部屋じゃなくていいよ。もっと、その……普通の部屋でいいんだよ」

「何を言ってるの?リリーはここで僕とずっと幸せに暮らしていくんだから遠慮なんてする必要はないんだよ?」

「でもわたし、」

「リリー」


 急に自分が酷く場違いな所に立っているような気がして、慌てて俯いたわたしはフィルの声に応える事が出来なかった。

 こんな……まるでお姫様が暮らしているような可愛らしい部屋はみすぼらしいわたしには到底似合わない。


 自分の考えに沈んでいると、彼はまるでわたしの考えを読んだかのように、抱きしめゆっくりと言葉を紡いだ。


「私はだれよりもこの部屋がリリーに似合うと思ったからあつらえたんだ。今すぐには無理かもしれないけれど、いつかリリーにも分かってもらえる日が来ると嬉しな」


 それに、とフィルは言葉を続ける。


「今まで随分苦労をしてきたんだ。これからはもう好きに生きていいんだよ」


 ――君はもう自由なんだから。

 最後にそう囁いた彼は、どこまでも綺麗で自由な……そう、まるで鳥のようだと思った。


 (もしかしてフィルの言う自由は、わたしの想像する自由と同じなの……?)


 答えが知りたくてフィルを見上げると、彼は微笑みまるで肯定するように何度も頭を撫でた。


 (自由……自由……)


 「ねぇリリー、君のしたい事を一つずつ叶えていこう」

 「わたしのしたい事……」

 「ああ、リリーのしたいと思う事を私にも教えてほしい。そして私と家族になろう」


 ……家族。

 ずっと欲しいと心の底から願っていた“家族”をフィルはわたしに与えてくれるの……?


 フィルにはどれだけ感謝してもし足りない。

 こんなわたしを迎えに来てくれて、家族になろうと言ってくれて……わたしがどれだけ嬉しかったか貴方に伝わるかな?


 わたしも貴方と家族になりたい。フィルと共に生きていきたい。


 「っ……、ぅ……フィル、っ……、ぅ……ふぃる」

 「リリー私はここにいるよ」

 「わ、わたし、フィルと家族になりたい」

 「ああ、家族になろう」


 いつかわたしがフィルの横に堂々と立てる日が来るのだろうか。

 ううん、いつかきっと立ってみせる。

 だってわたしにはフィルがいる、家族がいるのだから――。

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