第三十四話 水浴びの上位バージョンというもの



 「ちょっと暑いね」

 【いやあ、本格的に灼華の月だな。あたしは全然わかんないけど】


 美人賢者は汗一つかかずにローブを翻して開け放たれている窓の縁に座って笑う。

 僕は彼女を横目で見ながら勉強机を離れて窓へ。

 

 「風が無いなあ」


 眼下では木陰で休むシルヴァやハリヤーが目に入り、暑いのは平気で凄いなと思う。

 で、僕が秘密基地ではなく屋敷にいるのはあの場所がただのサウナと化していたから。

 窓もついたし網戸も設置。さらに氷柱を置いてみたけどすぐに溶けてなくなるので生成する魔力と労力の無駄遣いと感じて屋敷に居るのだ。

 もう五年過ごしているけど、風さえ入ってくればこの屋敷は涼しいんだよね。


 「なんか涼む方法はないものか?」

 【あれはどうだ? ミズデッポウ】

 「撃ち合いが楽しい遊びだから自分に向けて使うのは違うと思うんだ」


 ゼオラが指から水を出して提案してくれるけど、フォルドたちが居ないと面白さが激減するので却下した。シルヴァを迎え入れてからあの二人とは池で落ち合って遊ぶというのを何度かやっているけど――


 「池……水……水浴びとかどうだろう?」


 ――不意に脳裏に浮かんだのは子供用のビニールプール。しかし、ビニール製品はは無い。池は結構深いから僕が泳ぐには危ない……。


 「作るか」

 【お、今度は何を作るんだ? いいなあ楽しそうで。あたしも体が欲しいぞ】

 「ゼオラが幽霊じゃなかったら僕が困るよ。それじゃちょっと外に出ようか」

 【暑いのに行くのか】


 ゼオラが不思議そうな顔でついてくる。

 庭まで木を運んでくるのが大変なのでまずは森の木と池の水を使って実験してみようと思う。


 「わんわん……」

 「こけー……」

 「にゃー……」

 「おおう……」


 外に出ると木陰で休んでいた動物達が僕の姿を見て近づいてくる。平気そうだと思ったけど結構グロッキーだった。

 ムズデッポウでジェニファー達に水をかけてあげると嬉しそうに体を震わせた。


 「プールはこの時期こいつらにもいいかもしれないな」

 【ぷうる?】

 「泳ぐための施設……でいいのかな? そういうものがあるんだ」

 【川や海はダメなのか?】

 「深さがまちまちだと溺れたりするからね。同じ深さのものがいいんだ」


 ゼオラがそういうもんかねえと呟いていた。それに魔物に襲われたりすることも避けたいからすぐに助けを呼べない場所には行きたくないのだ。


 「シルヴァ、乗せてよ」

 「うぉふ♪」

 「こけっこ」

 「にゃ」


 シルヴァもご飯をたくさん食べてガリガリだった体は元に戻り、年相応の大きさへとなった。僕を乗せて移動するくらいは余裕でできる。

 母さんが言うにはまだ子供に近い個体らしいので成長が楽しみだ。

 そんな彼にまたがるとジェニファーとタイガも一緒に乗り込む。大して重くないのでシルヴァも気にした様子はない。……いつも乗っているしね。


 「僕がもう少し大きくなったらハリヤーに乗せてもらうからね」

 

 鼻を近づけてきたハリヤーが『自分を使ってください』という感じで主張していたのでそう返してやる。背が高いから直接乗るのはみんなに止められている。いつかカッコよく乗りこなしてやりたい。


 「<ミストシャワー>」


 ミズデッポウの応用で指先から細かい水の霧を噴出させるオリジナル魔法を使い、僕達を冷たい霧で包む。歓喜の声を上げる動物達。

 そのままゆっくりと歩いてもらい、目的の池まで向かった。


 ◆ ◇ ◆


 「ふう……か、完成だ……」

 「あんた頑張ったねえ。これは見事に再現できているよ」

 

 家具職人のザトゥが汗だくになり工房の床へ倒れこむ。

 約1か月近くを使ってようやく『げえみんぐちぇあ』が完成した。言葉の意味は分からないが凄いということだけ分かればいい。


 「部品が精巧すぎて流石に時間がかかっちまったな。お前もありがとうよ」

 「なにいってんのさ! あんたの妻だからねあたしゃ。それにしてもウルカ様は凄いね。安全面も考えられているし」

 「だなあ。この高さ調節は木だと耐久性に問題があるからか金属の筒にしているし、鍛冶屋の息子も金になる」


 今までは木の椅子や家具といった自分達だけで作成できるものが多かった。他の職人に頼むのはソファに綿と革くらいだったが、これはさらに鍛冶屋も加わる。

 それにより売れ行きによっては全員が潤う可能性が高いのでロドリオの思惑通り。


 だが――


 「値段だよな問題は。それに慣れれば日数はかからないだろうが大量注文が来た時が怖いぜ」

 「一台どれくらいになりそう?」

 「安く見積もっても金貨一枚と銀貨五枚はいく」

 「そりゃ……気軽に買えるものじゃないねえ」


 値段に見合うものは作ったが売れるかどうかが心配だ。そんなことを夫婦で考えていると工房の扉がノックされ声がかかる。


 「調子はどうだ?」

 「おお、ロドリオ様。いいタイミングだ、出来ているぜ」

 

 声の主はロドリオで、ザトゥが完成品を指さすとすぐに近くで眺めた。


 「ほう……! いいじゃないか、最限度が凄い、流石だ! よし、早速ウルカに見せよう」

 「いてて……ちと歩いとかないと体が固まりそうだ。一緒に行きますぜ」


 興奮気味のロドリオに散歩がてらついていくとザトゥも立ち上がり屋敷へ足を運ぶのだった。


 ◆ ◇ ◆


 「さて、池の加工はこれくらいでいいかな」

 【ここから水を流すのか。魔法で溜めたらどうだ?】

 「ある程度水量が欲しいし、穴を掘るから庭よりここがいいかなって」


 ゼオラが顎に手を当ててそういうので僕はこの後の作業を説明する。

 今は池の一部を削って側溝のようなものを掘り、木の板で水をせき止めるところまで完了している。

 周囲には人がいるけど暑いせいかそれほど多くない。


 「で、このままこっち側をくりぬいて……っと。僕の胸くらいの高さと膝までの高さがあればいいかな」

 【上手くなってきたな。余った土をベンチにするとは器用だぞ】


 ゼオラが褒めてくれ少しやる気が上がる僕。

 変な性格だけど出来たらちゃんと褒めてくれるあたりいい幽霊だと思う。


 それはさておき、3メートル四方の穴を掘った後は森へ足を運び、今度は同じ大きさの板を作成していく。それを隙間なく床と壁として貼り付けたら完成だ!


 【これがぷうるか?】

 「そうそう。それじゃ水を入れるからみんな穴から出てくれ」

 「こけー」

 「にゃーん」


 興味津々の動物達を穴から出して先ほど池の側溝とプールを繋げて、水をせき止めていた木の板を取ると――


 「わおおん♪」


 池から水が流れ込み一気にプールが水でいっぱいになった!!


 「オッケー、成功!!」

 【ぷうるって自分で作る池のことなのか。これなら溺れにくいしいいな】

 「この池って水もキレイだし、ちょっと入る分にはいいでしょ。水着は無いしパンツだけで入るか」

 【ま、大胆な子! 水着ってなんだ? ちょっと失礼】

 「な、なんだよ? 悪寒がする……!?」

 

 ゼオラが不意に僕の背中に憑りついて口を開く。


 【その水着ってのをあたしが着るとしたらどういうのになるか想像してみてくれよ】

 「ええ? なんの意味が……」

 【いいからいいから】


 うーん、ゼオラはスタイルがいいしやっぱりビキニかな……青い髪にオレンジの水着はいいかもしれない……後はパレオとか?


 【ほー、こういうのか】

 

 ゼオラがそう口にした瞬間、背後で変化があった。なんと彼女の服が先ほど頭の中でイメージしていた水着になっていた!?


 【はは、これが水着? 下着じゃないのか? ウルカはエッチだなあ】

 「それが正しいんだよって凄いね、僕の頭を覗いたの?」

 【思い描いたことを体を通じて繋げたって感じだね。初めてやったけど幽霊だからできる芸当だよな】

 「とんでもないな……」


 普段はローブで隠れている体が露わになり、こりゃすごいと感嘆の声を上げる。

 色々と目に毒だと僕はそうそうにパンツだけになり準備運動をしてプールへ。


 「ひゃっほーい! 冷たくて気持ちいい!」

 「こけ!」

 「わんわん」


 意図を理解したのかジェニファーとシルヴァも僕の膝までしかない場所に飛び込み涼み始めた。ニワトリって泳げるのか。

 

 「にゃーん」


 タイガは恐る恐るといった感じで前足をつけるが猫らしく入るのは嫌のようだ。


 「余った土で桶をつくるよ。タイガはこれに足をつけてるといい」

 「にゃーん♪」


 これは満足のいくものだったらしく、足を入れてご機嫌な調子で鳴いた。

 その内ハリヤーも入って来て当初の目的を果たせたので僕も満足である。


 「後は汚くならないよう排水も考えないとね。……ふむ、新秘密基地に――」


 と、構想を練り始めたところに馴染みの声が聞こえてきた。


 「こ、こりゃいったいなんだ……?」

 「池が二つになっとるぞ……」

 「やっほーウルカくーん!」

 「また面白いことやってる」

 「涼しそうだな! 混ぜてくれよ!」


 ありゃ、フォルド達だけかと思ったら父さんとザトゥさんも居る。

 これはなんだと父さんに聞かれたのでかくかくしかじかして状況を伝えると――


 「ザトゥさん、次はあれを作ろう」

 「殺す気か」


 なんか揉めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る