「ひ、久し振りだね、メリッサ。調子はどう?」


 ひとまず屋敷に招き入れられて介抱を受けたエドワードだったが、幸いなことに大きな怪我はなかった。どうやら落とし穴に落ちた衝撃で気を失っていただけらしい。


「お気遣いありがとうございます。この通り、大変良くして頂いております」


 居間ではなく普段は使われていない応接室に通されたエドワードは、なぜか初手で対面のソファーに座すノーヴィスではなく、そのかたわらに控えたメリッサに声を掛けてきた。


 ──ここはまずノーヴィス様に急な来訪と落とし穴にはまった無作法をお詫びして、助けてもらったお礼をべるべきだと思うのですが……


 そんなことを思いながら、メリッサは無難な答えを口にする。メリッサとしてはいつも通りの無表情で対応したつもりなのだが、なぜかメリッサの答えを聞いたエドワードは顔を引きらせた。


 ──一体、エドワードは何をしに来たのでしょう?


 エドワードはカサブランカ家と交流が深いディーデリヒ子爵家の次男だ。メリッサの母とエドワードの父の仲が良く、メリッサとエドワードの婚約が早くから決まっていたこともあり、幼い頃はよく一緒になって遊んだ覚えがある。


 もっとも今にして思い返せば、エドワードの方はメリッサのことをわずらわしく思っていた節があった気もするが。


「それで? 君はここに何をしに来たの?」


 赤みがかった金髪に紅茶色の瞳。甘い顔立ちということもあり、エドワードは幼い頃から女性人気が高かった。魔法使いとしての素質にも恵まれており、メリッサの母はそれも加味してエドワードを次期カサブランカ候として家に迎えようとしていたのだとメリッサは思っている。


 エドワード自身もそんな自分にプライドがあったから、結婚相手 に『カサブランカの不出来な黒』とさげすまれたメリッサをあてがわれたのが不満だったのではないだろうか。婚約者であった頃、何かにつけては『なぜお前ごときが僕の婚約者なのだ』という雰囲気は感じていたし、実際に直接言葉を向けられたこともある。


「まさか、今更になって、彼女との旧交を温めにでも来た?」

「えっ、あっ、そのぉ……」


 そんなエドワードがノーヴィスの言葉に一々ビクッと肩を跳ねさせているのが、メリッサには不思議でならなかった。普段のエドワードはもっと自信に満ちあふれていて、一々気障きざっぽい話し方をしていたと思うのだが。


「用がないなら帰ってくれる? 僕、今立て込んでて忙しいんだよね」


 ──話し方が普段と違うといえば、ノーヴィス様もそうなのですが。


 メリッサは顔の向きを変えず、視線だけでノーヴィスを見遣った。


 一人掛けのソファーに足を組んで座ったノーヴィスは、ひじ掛けに頬杖をつくとエドワードを上から見下ろしている。エドワードと比較してもノーヴィスの方が背が高いから、そうしていると本当に『見下ろす』という表現がしっくりと来ていた。


 ノーヴィスはローブのフードを目深に被っているから、メリッサからノーヴィスの表情をうかがい知ることはできない。だが声から推察するに、ノーヴィスの御機嫌はメリッサが知る限り最低値を更新しているようだ。


 ──まぁ、エドワードが最悪なタイミングでやってきたというのは、間違いようのない事実なのですけれども。


 それでもこんなに刺々しいノーヴィスを見るのは初めてだ。エレノアが言っていた『愛想の欠片かけらもないノーヴィス』というがこれなのかもしれない。


「あ、あなたが、魔法封印士マギカ・テイカーのノーヴィス・サンジェルマン伯爵で間違いはないか?」


 物珍しい二人を興味津々で観察していると、ようやくエドワードが用件を切り出した。


 勝手に押しかけてきて名乗ることもなく相手の素性をただすなど無作法の極みだというのに、何かに切羽詰まっているのかエドワードはそんな己に全く気付いていないようだった。


「そうだとしたら?」


 対するノーヴィスはそもそもエドワードに興味がないようだった。さっさと切り上げたくて仕方がないといった雰囲気を隠していない。


「あなたに、封印を依頼したい物品がある」


 己の無作法には気付けなくても、歓迎されていない空気は察することができたのだろう。またビクリと肩を揺らしたエドワードはオドオドと懐から手帳のような物を取り出した。


 そこでようやくメリッサは違和感がもうひとつあったことに気付く。


 ──そういえば、なぜエドワードは制服姿なのでしょうか?


 ディーデリヒ子爵は着道楽だ。その息子で己の容姿の良さを自覚しているエドワードも、子爵と同じく着道楽の衣装持ちである。


 そんなエドワードはシンプルなモノトーンの魔法学院の制服がお気に召していなかったようで、いつも講義が終わると同時に即刻私服に着替えて迎えの馬車に乗っていた。


 エドワードとは真逆で常に魔法学院の制服を着て過ごしていたメリッサは、事あるごとに『センスがない』『美意識というものはないのか』『隣を歩かれると恥ずかしい』などと叱責されたものだ。


 そんなエドワードなのに、なぜか今彼が身を包んでいるのは魔法学院の制服だった。どんな心境の変化があったのだろうか。


「依頼?」


 ノーヴィスの疑問の声を受けたエドワードは、制服の内ポケットから取り出した物を間にある机の上に滑らせるように置いた。次いで取り出されたのはいかにも重たそうな麻袋である。


「前金だ」


 どうやらエドワードは名乗るどころか依頼品の詳細を説明するつもりさえないらしい。失礼極まりない態度にメリッサは思わず眉をね上げる。


「君、ディーデリヒ子爵の次男って話だけど」


 だがメリッサが口を開くよりも、ノーヴィスが冷めた声のまま言葉を紡ぐ方が早かった。


「こんな大金、どうやって工面したの?」

「……え?」

「家督を継ぐ立場にある長男ならまだしも、君は相続権がない次男なんでしょ? おまけに君はカサブランカの末姫と結婚が決まってるんだよね? ……あぁ、確かもう『次期カサブランカ候見習い』としてカサブランカの屋敷で暮らしてるんだっけ?」


 ノーヴィスが淡々と紡ぐ言葉にエドワードの顔からザッと血の気が引いた。どうやらエドワードは『自分から名乗っていないのだから相手は自分の素性すじょうなど分からないはずだ』とたかくくっていたらしい。


 ──いささか能天気が過ぎるのでは?


「だったらますます君にこんな大金を動かす力なんてないはずだよね? その袋からした音と君が持っていた感じから推察するに、中身は金貨で40枚といった所かな?」

「なっ……! ば、馬鹿にするなっ! 中身は金貨で60枚だと聞いて……っ!」

「『聞いて』? そう。これは君自身の依頼ではなくて、君は誰かの代理人ということか。真の依頼人はカサブランカ侯爵夫人かな?」

「なっ、なぜそうと……っ!?」


 ノーヴィスがエドワードの素性を知っていたのも、事情が推測できたのも、もちろんメリッサが全てを伝えていたからだ。


 ──なぜそんな当たり前のことさえ思い至らないのでしょうね?


 そもそもエドワードを屋敷に上げてもらうためには、彼の素性とメリッサと彼がどういう関係にあったかを説明しなければ話が始まらない。


 メリッサはエドワードを落とし穴から引き上げる前に簡単にエドワードのことを説明し、対処の判断をノーヴィスにあおいだ。


 ノーヴィスがエドワードを屋敷に上げることを拒否し『そのまま転がしておいたら?』と言ってきたら従うつもりだったのだが、ノーヴィスは『ルノの知り合いならば放置するのも寝覚めが悪いね』とエドワードを落とし穴から引き上げ、この部屋のソファーに寝かせてくれた。


 だからメリッサはエドワードが目覚めるまでの間に、ノーヴィスにわれるがままエドワードについて知っていることを全て話した。


 それはもう、元々彼が自分の婚約者であったことから、カサブランカ家とディーデリヒ家が総ぐるみでメリッサからマリアンヌに乗り換えたことや、彼の性格や魔法学院での振る舞い、彼の部屋をカサブランカの屋敷に作るためにメリッサがここへ送り込まれた疑惑があること、よって恐らくもうエドワードはカサブランカ家の一員としてカサブランカ邸で暮らしているであろうということまで、とにかく洗いざらい。


 ──ノーヴィス様が珍しくグイグイ突っ込んで質問されてきたので、ついつい話し過ぎてしまった自覚はありますが。


 だが今、エドワードの態度を見てメリッサは洗いざらい話しておいて良かったと思っている。メリッサがノーヴィスにもたらした情報は、確実にノーヴィスの武器になっているようなので。


「悪いけど、お引き取り願えないかな? 金貨60枚ごときじゃ前金にもなりはしないから」

「は?」


 エドワードを翻弄ほんろうするだけ翻弄したノーヴィスはさらに淡々と拒否を切り出した。


 そんなノーヴィスの言葉にエドワードの顔にサッと朱が差す。


「き、貴様っ! カサブランカはメリッサの実家なんだぞっ!? だというのに……っ!」

「関係ないよ。これは『仕事』の話だ。そこに情は関係ない」


 メリッサの目には最初からノーヴィスがこの依頼を受ける可能性は低いということが見えていたのに、エドワードにはその流れさえ読めていなかったらしい。さっきまであんなにおびえていたくせに、今度のエドワードはノーヴィスの言葉に逆上を始める。


「そんな冷たいことを言うのかっ!? それに金貨60枚を『60枚ごとき』だと!? えあるカサブランカ家からの依頼だというのに……っ!」

「気に入らないなら、他を当たればいいだろう?」


 だがあくまでノーヴィスはその言葉に取り合わない。今はメリッサから見えないラピスラズリの瞳がさらに温度を下げたのが空気で分かった。


「『前金で最低金貨100、依頼完遂でさらに200』。それが『僕』の相場だ」


 魔法封印士マギカ・テイカーの資格には位階制度がある。


魔法封印士マギカ・テイカー』を名乗るためにまず必要な位階がフェーレと呼ばれる一番下の位階で、そこから位階が上がるごとにブロンズ、ラルジャン、ロールとなり、最上位がプラチナだ。


 魔法封印士マギカ・テイカー達は、このランクによって引き受けられる仕事内容と最低報酬額が国によって決められている。


 これは希少な高位魔法使いが無茶を言う依頼人に搾取さくしゅされないようにするためという理由と、依頼する側が魔法封印士側マギカ・テイカーにぼったくられないようにするためというふたつの理由がある。


 依頼する側とされる側、両方を守るために、あらかじめ国が『この魔法封印士マギカ・テイカーの相場はこれくらい』と決めているのだ。


 ノーヴィスが口にした『前金で100、依頼完遂で200』というのは、最高ランクであるプラチナにじょせられた魔法封印士マギカ・テイカーの規程報酬額だ。


 とんでもない金額ではあるが、プラチナランクの魔法封印士マギカ・テイカーは一人で一国を攻め落とすことができるレベルの実力者ばかりであると聞く。国をおびやかす魔物や負の力に傾いた土地の封印に駆り出されるような魔法封印士マギカ・テイカーを動かしたいというならば、その金額もまた妥当なのかもしれない。


 ──ノーヴィス様の実力的にも妥当だとは思いますし、確かにドレスを何着か作った所でふところは大して痛みませんね。


 メリッサは無表情のまま己の中で結論をまとめる。


 同時に、思った。


 ──まぁ多分これは気に入らない依頼を叩き切るための建前で、実際の所はもっと低額で気楽な仕事も受けているとは思うのですが。


 そうでなければ日々増えていく魔法道具達に関して説明がつかない。そうバカスカ金貨が大量に動く依頼ばかりがあるとは思えないし、屋敷の中に転がっている魔法道具の中には明らかに低級の封印士でも対処できる道具達もいるのだから。


「僕はお金に困っているわけじゃないし、名誉が欲しいわけでもない。依頼人の家名が何であろうがどうでもいい」


 ノーヴィスは依頼品にも金貨が入った麻袋にも一切手を付けず、バッサリとエドワードの言葉を切り捨てた。


「『依頼』は『依頼』でしかない。規程の額が用意できないなら、お引き取り願おうか」


 ──まったくもって同感です。


 メリッサは無言のまま深くノーヴィスに同意した。


 まったくもって腹立たしい。顔見知りだから屋敷に上げてもらったのだが、こんなことを言い出すならば表通りに放り出しておけば良かった。


 黙り込んでしまったエドワードは恐らくもう何も言えないだろう。ならばさっさと叩き出すに限る。これ以上ノーヴィスの時間をこんな恥知らずに浪費されたくはない。


 そんな思いからメリッサはスッと前に出る。


 だがエドワードはそんなメリッサの内心をどこまでも理解できていなかった。


「メリッサ! 家に帰ろうっ!!」


 引っ立てるために伸ばされたメリッサの手をエドワードは両手でガシッとつかんだ。下からうるんだ目で見上げる仕草は、エドワードが女子を口説くどく時に使う必殺技だ。


「こんな冷たいヤツの所にいる必要なんてないよっ! 僕が必ずカサブランカの家に君の居場所を作ってあげるからっ! だから、僕と一緒に帰ろうっ!」

「……は?」

「君がいなくなって初めて分かった。君は僕の癒しだった。君がカサブランカからいなくなった後の日々がどれだけ色せたものだったか……!」


 メリッサののどからすり抜けた声はかつてないほどドスが効いた『は?』であったのに、エドワードは全くおくすることなくメリッサを見上げている。エドワードの発言がよっぽど突拍子もなかったせいなのか、いきなりメリッサを口説き始めたエドワードを前にノーヴィスも虚を衝かれたような顔で目をしばたたかせていた。


 ──何を言っているのですか? この阿呆あほうは。


 何やらまだエドワードは甘いセリフを口にしているが、メリッサの耳には一切その言葉は聞こえていなかった。ただ自分の目が段々と据わってきていることと、自分がまとう空気がかなり冷えてきていることは分かる。


 メリッサは思わずエドワードに手を取られたままノーヴィスを見た。


 何を訴えたかったのかは、メリッサ自身にも分からない。ただ、先程まで機嫌の最低値を更新し続けていたノーヴィスは、メリッサと視線が合った瞬間イタズラを思いついた子供のように小さく笑みを向けてくる。


 そんなノーヴィスの唇が、音もなくパクパクと動いた。


『いいよ、カマしてやりな』


 それだけでノーヴィスには、メリッサが抱いている不快感も怒りも、何もかもが伝わっているのだと分かった。


 そうでありながらノーヴィスが対処に動かなかったのは、メリッサならば自力でやり返せるはすだと信じてくれているのだということも。


『大丈夫。派手にやっちゃって』


 最後にパチンとウインクまで送ってくる。


 そんなノーヴィスは、エレノアによく似ていた。


「どうか戻ってきてくれよ。僕と幸せになろう?」


 その笑みはいつも、メリッサの背中を押してくれる。


「お言葉ですが、エドワード」


 体は、自然に動いていた。


 肩の力を抜いて、そのまましなやかに腕を振り抜く。たったそれだけでしつこくメリッサの手を握りしめていたエドワードの手が離れた。


「私がカサブランカの家に戻ったところで、貴方あなたは幸せにはなれませんよ」

「……え?」

「貴方は最初から母と妹の奴隷になる未来が確定しているのです。その未来は、私がカサブランカの家に戻ったところで何も変わりませんよ」


 バランスを崩したエドワードは無様にソファーに崩れ落ちる。対して背筋を正して立ったメリッサは変わることなく冷めた目でエドワードを見下ろしていた。


「貴方も最初から分かっていたことでしょう? あの家の頂点は母で、その頂点の座を継ぐのはマリアンヌです。貴方ではない」


 その構図を変えないまま、メリッサは言葉を紡いだ。


 ただ淡々と、分かりきった事実を並べるために。


「貴方はマリアンヌが『次』を残すための種馬でしかないのです。そこに権力など発生しない。『カサブランカ侯爵』という肩書きは手に入れられるでしょうけれど、実権は全てマリアンヌに移行します」


 メリッサにとっては、今更何を思うまでもなく、分かりきっている事実。だがメリッサよりも事の中心に置かれていながら、エドワードにこの現実は見えていない。


 その証拠にエドワードは愕然がくぜんと目を見開いた。


 そんなエドワードにメリッサは無表情のまま小首をかしげる。


「それでも、貴方は気になさらないのでしょう? 貴方はあくまで『カサブランカ侯爵』になりたかった。ただそれだけなのだから」


 エドワードがメリッサはおろか、マリアンヌさえ見ていないということに、メリッサは随分前から気付いていた。


 エドワードが見ていたのは『カサブランカ侯爵』という権力だけだ。


 子爵の次男である彼は、そのまま生きていても決して爵位を手に入れることはできない。だからこそ、実家より格が高く歴史もある『カサブランカ侯爵』の名を手に入れることに固執した。


 メリッサとの婚約は親が決めたなりゆきのものだが、マリアンヌを必死に口説くどき、両家を巻き込んでマリアンヌに乗り換えたのも、全てはつつがなく『カサブランカ侯爵』に納まるためだったのだろう。


 メリッサよりもマリアンヌの方が『カサブランカ侯爵』を得るための地盤として盤石だった。


 どれだけ上辺をロマンチックに取りつくろってみたところで、エドワードがマリアンヌへ乗り換えた理由はその本質からは変わらない。そこに最初から『愛』やら『恋』やら『情』というものは存在していなかった。


 メリッサは随分前からそのことに気付いていた。恐らく母も気付いているだろう。だが母はカサブランカの家がつつがなく続き、自分の手駒として使うことができればエドワードが何を思っていようとも気にはしない。マリアンヌは恐らくそもそもそんな周囲の思惑になど気付くことなく、ずっとエドワードとのロマンチックな結婚を夢に見ている。


「貴方が私にカサブランカの家に戻ってきてほしいのは、自分より下の立場の人間を身近に置きたいだけなのでしょう? 私がいなくなって、貴方が入ったカサブランカの家の中では、貴方の立ち位置は明らかに一番下……かつて私がいた『下僕』という場所なのでしょうから」


 メリッサにとってその環境は『当たり前』だったから、メリッサがその立場に関して何かを思うことはなかった。


 だがその環境に新たに放り込まれたエドワードは、決してそれを『当たり前』とは思えないだろう。エドワードにとってあの家は、決して居心地が良いと言える場所ではない。


 だからエドワードは、今更になってメリッサを欲した。


 愛やら情やらでは、決してなくて。


 自分が殴るための、あるいは自分の代わりに差し出すための、肉袋として。


 そこまで思ったメリッサは、ふとあることに気付いた。


「あぁ、もしかして制服姿なのは、他に服を与えられていないからですか?」

「ちっ、違うっ!!」


 かつての日常を常に制服で過ごしていた自分を思い起こしての発言だったのだが、どうやらそれは思い違いであったらしい。怒りに顔を染め上げたエドワードはガバリと立ち上がるとメリッサをにらみ付ける。


「これはっ! 一目で俺がお前の関係者だと分かるようにしろと言われて渋々着てきただけで……っ!」

「最初から私をダシに、ノーヴィス様に取り入るつもりだった、と?」


 メリッサはトトッと冷静に後ろへ下がって距離を取る。そんなメリッサをエドワードは睨み続けた。答えはなかったが、その沈黙が答えのようなものだ。


 しん、と。自分の心がさらに冷えたのが分かった。


「お引き取り下さい」

「なっ……!!」

「持ち込んだ品と金貨を持って、とっととカサブランカの家に逃げ帰りなさい、と言っています」


 メリッサの暴言にさらにエドワードの顔がどす黒い赤に染まる。


 だがメリッサはもうそれ以上の発言をエドワードに許さなかった。瞬時に召喚されたグレイブの刃先をエドワードの顎下に添え、極寒の空に吹きすさぶ風のごとき声で絶縁状を叩き付ける。


「さもなくば、貴方の首をここに転がしても良いんですよ?」

「お……お前っ! 元婚約者に……っ! カサブランカ家の一員になる俺にそんなこと……っ!!」

「できますよ? 何せ私はもう、カサブランカの家の者ではなく、サンジェルマン伯爵家の者ですから」


 チャキッとグレイブの刃先が鳴る。一分いちぶすきもなくグレイブを構えるメリッサの周囲をしらしらと雪が舞っていた。


「さぁ、どうなさいますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る