第13話「救援」

 ローランとクレアは、馬をゆっくりと駆けさせながらハザン地区を目指していた。

 そっと後ろから覆いかぶさるような姿勢を保っているローランにドキドキしながらも、クレアは必死に手綱を握っている。

 先に行ってしまったマルコーとシャナの姿が見えなくなって半刻ほどだろうか。

 ローランはクレアの状態を確認しつつ、徐々にスピードを上げ始めている。

 はじめはずるりと横に落ちそうなクレアだったが、次第に馬の呼吸と動きに身体を合わせはじめ、今では落ちる気配がないどころか一人でも乗れるのではなかろうかと思えるほど順応していた。


(このすぐに対応できるところがすごいところだな。これで彼女に適応する武器があればいいのだが)


 それはマルコーとの仕合いで感じた率直な感想だった。

 足腰のバネや動体視力は申し分ないのだが、いかんせん武器の扱いが雑すぎる。樫の木の剣だけでフラついているようではお話にならない。

 筋力はいずれつくかもしれないが、それでは困るのだ。必要なのは今なのである。


 そうは言っても、筋力など一朝一夕で身に着くものではない。

 となれば、あとは今のクレアでも扱える武器があれば一番いい。


「うひゃっ」


 クレアの乾いた悲鳴を聞き、ローランは我に返った。

 いつの間にか本気の早駆けをしていたようだ。


「ああ、すまん」


 ローランはスピードを落としてクレアの呼吸に合わせた。

 しかし、こうしている間にもマルコーとシャナが二人だけでマンティコアと戦っている。

 二人の実力であれば間違いないだろう。

 問題なのは、マンティコアが1匹だけではなかった場合だ。


 基本的に特務部隊の戦い方は1対1ではなく、1対複数を念頭においたものである。

 魔物というものは群れで動くからだ。

 そのため、主な近接戦闘はマルコー、遠距離援護にシャナ、そして状況を見定めるローランが組まれている。

 そして今、その状況判断をする自分がここにいる。


 万が一、多くの魔物がいっせいに襲ってきていたら、いくら歴戦の戦士マルコーやシャナといえど苦戦を強いられるだろう。

 ローランは何やら嫌な予感がしていた。

 ここ最近の魔物の出現率は異常である。それも、1匹だけでなく複数現れるのだ。

 やはり世界規模で何かが起きているのは間違いない。


「クレア。苦しいだろうが少し我慢してくれ」


 ローランの優しげな言葉にクレアはうなずいた。もとよりうなずくしかない。

 ローランは手綱を握りしめると、馬の腹を蹴ってスピードを速めた。



     ※



 マルコーたちは、突如現れたマンティコアの群れに苦戦を強いられていた。

 斧を振るっても、その攻撃は当たるどころか宙を斬っている。

 周囲の状況を確かめながらでは、当たるものも当たらない。


「マルコー、ちょっと退きな!」


 シャナの声が響く。

 マルコーは自分を囮にしてマンティコアの群れの中心に身を投じていた。


「どこに退けっていうんだ!」


 そう言いながら、神がかり的な反射神経で四方八方から振るわれるマンティコアの爪をかわしていた。

 背後から牙をむいて襲い掛かるマンティコアに振り向きざま斧を振り下ろして地面へと叩きつけるも、その勢いでよろりとバランスを崩す。


 その瞬間に、もう1匹のマンティコアがマルコーの身体に体当たりをかました。


「がはあっ」

「マルコー!」


 シャナの叫び声が荒廃した町に響き渡る。

 マルコーは宙を舞い、下で口を開けるマンティコアを見やった。


「ど畜生ッ!」


 シャナは瞬時にクロスボウを構えると、口を開けているマンティコアに矢を放った。

 それは一寸違わずマンティコアの目に突き刺さり、凶悪な魔獣は悲鳴をあげながら悶え倒れた。

 そのすぐ脇で、宙を舞っていたマルコーが地面に落ちる。


「ぐはッ」


 血反吐を吐きながらマルコーはゴロゴロと転がり、すぐに立ち上がった。

 すかさず、別のマンティコアが噛みつこうと襲い掛かってくる。

 マルコーは起き上がりざま両手でその鼻面を抑えつけた。


「ぐぬ」

「退きな、マルコー! 退くんだよ!」


 言いながらシャナはクロスボウでなんとかマルコーを援護しようと身構える。

 しかし、そんなシャナに別のマンティコアが飛び掛かってきた。


「ちいぃっ!」


 すかさず横に跳びぬくが、そこへさらに他のマンティコアが畳み掛けるように牙を剥いて襲い掛かってくる。

 慌てて後退するシャナ。とても援護できる状態ではなかった。彼女自身も危うい立場に立っている。


 少し離れた場所で見ていた傭兵部隊隊員たちも剣を持って援護に向かおうとするが、群れをなすマンティコアに腰が引けて動けないでいた。

 それに気づきながらマルコーは叫んだ。


「てめえらは来るんじゃねえ! 余計な被害が増えるだけだ」

「で、ですが……」


 血反吐を吐きながら、その額からは脂汗がにじみ出ている。

 表情から察するに、肋骨の何本かは確実に折れているようだ。

 魔物たちにとって、手負いのマルコーは敵ではなくただの獲物だった。


「グオアア──!!」 


 咆哮を上げながらマルコーに飛び掛かるマンティコア。


「マルコー!!」


 シャナがクロスボウを構える。

 刹那、シャナの動きよりも速く、ひとつの影がマンティコアの首をひとつ、刎ね飛ばした。


「──ッ!?」


 宙に舞うマンティコアの頭と、地面に倒れ伏す胴体。

 それと同時に着地したのは、第八特務部隊隊長ローランであった。


「た、隊長ッ!」


 シャナとマルコーが声を上げる。予想以上に来るのが早い。


「間一髪だったようだな」


 瞬間的に、複数のマンティコアがいっせいにローランに顔を向ける。

 彼はそのうちの1匹に狙いを定めると、その足元をするりとすり抜け、振り向きざまに剣を一閃した。

 彼の研ぎ澄まされた刃と洗練された技術力が相まって、強靭なはずのマンティコアの胴体から血しぶきが舞う。

 勢いそのままにローランは跳躍すると、別のマンティコアの首を2つ刎ね飛ばした。


「す、すごい……」


 圧倒的な戦いぶりに、遅れてやってきたクレアが感嘆の声を上げていた。

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