第8話「部屋」
「今日から第八特務部隊に配属されたクレア・ハーヴェストだ。よろしく頼む」
クレアの正式な手続きを終えた後、第八特務部隊室で改めて彼女の紹介がなされた。
オシャレっ気のない白い簡素な服を着た小柄な少女に、初めは猛反発していたマルコーとシャナも、彼女との仕合いの後、腑に落ちないながらも納得した顔を見せて傭兵部隊から配属されたこの新人を迎え入れた。
「オレはマルコー、こいつはシャナ。二人ともこの隊に配属されて3年だ」
「よ、よろしくお願いします……」
クレアはそう言って深々と頭を下げた。
腰にまでかかる長い髪の毛がだらりと下がる。長い髪は戦いの邪魔でしかないのだが、この少女はそれすら理解できていないことにシャナはため息をついた。
「至らない点が多々あるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「そんなに堅くなることはない」
ポンとローランがクレアの肩に手を置いた。
「もともとオレたちは騎士の家系ではない。堅苦しいあいさつは抜きだ」
「そうそう、オレたちに遠慮はいらねえぜ。騎士なんてのは偉そうにあれこれ言うくせに、肝心の腕が追いついてねえからな。あんなのをお手本にしてちゃ、強くなれねえ。大事なのは腕よ、腕」
マルコーの言葉に、シャナは鼻で笑った。
「よく言うよ。一時期、騎士になるだのなんだの言ってたくせに」
「そんなの、ここに入る前の話だろうが! あいつらの実態を知って、考えが変わったんだよ」
「ま、あんたのその面で騎士なんて言ったら、戦いになるまえに相手が笑い死にするだろうけどね」
「ああん? なんか言ったかてめえ」
二人の掛け合いに、ここに来て一度も笑顔を見せていなかったクレアがクスリと笑った。
初めて笑う彼女。
マルコーとシャナだけでなく、ローランも顔を向けた。
「あ、ご、ごめんなさい。つい笑ってしまって……。でも、お二人とも、とても仲がいいんですね」
その言葉に、二人は息をぴったりに同じ言葉で叫んだ。
「いいわけないだろッッ!!!!」
それは、本部中に響くのではないか、というほどの叫びであった。
※
第八特務部隊のメンバーが3人しかいない、ということをクレアは後から知った。
部隊というからもっと大勢のメンバーで構成されているものと思い込んでいたのだが、特務部隊のチーム編成は基本、
国中のありとあらゆる場所に派遣されるため、そのほうが身動きがとりやすいのだ。
その分、メンバーひとりひとりの危険度は増すが、もとより熟練した精鋭たちである。過酷な状況であっても難なく切り抜けていた。
では、なぜ
それはひとつに彼らの実力が抜きんでているからである。
大勢の人数で動く大隊とは違い、チームで動く特務部隊は各々の役割がはっきりしている。しかし、はっきりしているからこそ、その実力に拮抗したメンバーでないとチームとしての力が発揮されない。少しでも劣ったメンバーを入れてしまえば逆にダウンしてしまうくらいなのだ。
第八特務部隊が不死身の朱雀隊と呼ばれるのも、3人編成で4人編成以上の働きを見せるからである。それも、生きて帰れないような過酷な状況であっても、必ず3人は生還してくる。
そのため、同じ特務部隊の中でも彼らを尊敬する隊員は多い。
クレアはローランから一通りその説明を聞き、治まりかけていた身体の震えが再び甦るのを感じた。
(そんなすごい部隊に、私が加わってもいいの……?)
チームとしての力を考えれば、はじめにシャナが言った通り足手まといの新入りが加わることは逆に危険である。それも、いままで
しかし、もうあとへは引き返せない。
自分は第八特務部隊へと配属されたのだ。
与えられた任務を精一杯こなすだけである。
クレアは震える身体を自分の腕でぎゅっと抱きしめた。
「クレア・ハーヴェスト。貴様の住む部屋を案内する。ついてこい」
ローランに言われて、ハッと我に返ったクレアは隊長に連れられて第八特務部隊室をあとにした。
「あ、あの、部屋って……」
ローランのあとを付き従いながら、彼の背中に問いかける。
ローランは振り向きもせずに答えた。
「今日からここで寝泊まりをしてもらう。安心しろ、この本部はそういった設備もあるし、居住環境も悪くない。隊員の半分はここで暮らしているほどだ」
だから大きな建物だったんだ。とクレアは思った。
特務部隊の本部とはいえ、ばかに大きすぎる建物だとは思った。
しかし居住区画まで設けられているのであれば、それも納得である。
「特務部隊はいつ派遣要請がかかるかわからんからな。本部内にいるのが一番いい」
それは、要するにプライベートがないともいえるが、今は世界を覆う未曽有の危機。どこからともなく現れてくる魔物の集団を殲滅しなければ被害は拡大する一方だ。
今、アルスタイト王国を含めた世界五か国が中心となって、魔物の発生源を探っているところである。元凶を絶たねば真の平和はない。
「ここだ」
クレアが案内されたのは居住区画の端っこ、つまり角部屋である。
ベッドやクローゼット、ソファやテーブルはもちろん、トイレ付きのシャワールームまで完備されている。
多くの隊員たちと雑魚寝をしていた一般傭兵部隊専用の寮とは大違いだった。
「基本、一人部屋だがあまり趣向を凝らすな。いつ、他の者の部屋となるかわからんからな」
ローランの言葉に、クレアはごくりと唾を飲みこんだ。それはつまり、いつ死ぬかもわからないから余計なものは置くなという意味だ。
「わ、わかりました」
「とりあえず今日は疲れただろう。何かあったら呼びにくるから、少し休め」
そう言ってローランは静かに部屋を出て行った。
あとに残されたクレアはペタン、とベッドに腰をかける。
こうして今、ここにいる瞬間も信じられない。
本当に、自分は第八特務部隊に配属されたのだ。
だが、今はそんな緊張感よりも自分の部屋が持てたことのほうが今の彼女にとって大きかった。
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