そして彼女は覚醒した~無自覚最強剣士の物語~
たこす
プロローグ
もくもくと立ちのぼる黒煙が、群青色の空を黒く染めていた。
焼けただれた大地に、無数の屍が散乱している。それは原形をとどめておらず、ある者は引き裂かれ、ある者は叩き潰され、ある者は炭と化していた。
アルス地方最強の騎士団といわれる青竜騎士団、その骸である。彼らは、わずか十数人の黒いマントを羽織った集団によって瞬く間に殲滅させられていた。
その強さは、圧倒的であった。
岩をも砕く怪力と、目にも止まらぬ速さで次々と騎士たちを葬り去り、最後には首魁らしき男が巨大な炎で、人々を包み込んだ。
歴戦の勇士たちは、悲鳴を上げる間もなく灼熱の炎で焼かれていった。
それは、戦と呼ぶにはあまりにも一方的な“殺戮”であった。
「ギンガム様」
黒マントの一人が首魁の男に声をかける。その双眸は赤く染まり、口からは鋭利な刃物のような牙が生えている。
人間のような顔形をしてはいるが、一目でそれが間違いであることがわかる。
彼らは、魔族であった。
何百年、何千年と地の底で暮らしてきた破壊と混沌を好む魔界の住人。ようやく数千年の眠りから覚めた魔王の復活により、地上へと飛び出した先遣隊である。
「これが……、戦支度を整えた人間の強さなのでしょうか。あまりに脆弱」
「弱い、弱すぎる。なぜにこのような奴らが世界を牛耳っておるのだ」
ギンガムと呼ばれた男は、冷めた目で足元の黒い塊を踏みつけた。
ぐちゃり、という鈍い音とともに、黒い塊から赤茶けた液体が流れ出る。
両目にかかるほどの長い銀色の前髪をかきあげ、ギンガムは恍惚とした表情でその光景を眺めた。眉毛はなく、鼻は低い。のっぺりとした顔をしている。肌の色は、染料で染めたかのような濃い青だ。
「人間どもは、狡猾で姑息。おそらく世界を制する際にも、卑劣極まりない手を使ったに違いありません」
「ふん、お館様が地上世界を統一した暁には、情けで奴隷にでもしてやろうと思ったが、これでは奴隷の価値すらないな」
「おっしゃる通りでございます。やはり、人間どもは根絶やしにすべきかと」
「だが……」
ギンガムは、焼け野原と化した草原に目を向けると、嘆息をもらした。
「この広大な地上世界、すべての人間を葬り去るにはいささか骨が折れるな」
「ご安心なされませ。この地上へと這い出てきたのは我らだけではありませぬ。すでに多くの同胞たちが、我らと同じく人間どもに戦を仕掛けておるところでございます」
「ほう、そうか」
その時、ひいぃ、という悲鳴が聞こえてきた。
音に反応してそちらを見やると、一人の農夫が恐怖に顔を歪めながら尻をついている。どうやら黒煙に反応して様子を見に来たらしい。
「な……な……な……なんだこいつらは……」
人ならざる集団と、かつて人であった者たちの骸。
その予想だにしていなかった光景に、農夫はわなわなと打ち震えながら四つん這いになってその場から逃げ出そうとした。
その顔に、一陣の風が吹く。
見上げると、農夫の目の前にはギンガムが立っていた。冷たい笑みを浮かべながら農夫を見下ろしている。
一瞬だった。
いったい、いつ移動してきたのか。距離にして50メートル以上はあったはずである。
しかし、そんな農夫の疑問はギンガムの研ぎ澄まされた爪により、儚く消えた。
農夫の胸を切り裂いたその爪から、真新しい血が滴り落ちる。
それを大口を開けて口に含みながら、ギンガムは言った。
「ならば、地上の制圧は他の者に任せ、我らは殺戮を愉しむとしよう」
ニヤリと笑うその顔は、これから始まるであろう混沌をじゅうぶんに予感させるものであった。
陽はすでに沈み、黒煙で黒く染まった空は、いつの間にか闇へと変わっていた──。
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