第756話 シンプルな強さ

 圧倒的なスピードと攻撃力。

 それをただ突き詰めればこれほど脅威になるのか。

 ドラゴンのような巨体もなければ、キマイラのような毒を持っているわけでもない。

 だというのに、首切り兎は私たちを全滅させられるだけの力を持っていた。


 伝説になるほどの魔物というのも納得だ。

 このまま何の対策もなしに戦えば私たちは負けるだろう。


 そんな中でアレクシアさんが思いついた対策は、とてもシンプルなものだった。


「魔法で見えない風の壁を何枚も空中に用意するわ。相手がいくら速くて空を蹴る力があったとしても、壁に衝突すれば勢いは落ちる」

「まあ道理ね。見えない壁なら避けられないだろうし」

「問題は生半可な魔法だと効果が薄くて意味がない。だから範囲を絞ってその分壁を分厚くする必要があるの」


 イメージとしては障害物競走みたいなものだろうか?


「なんとなく先が読めたわ。狙いを定めるために誰かがヘイトを買えってことね」

「そうね。確実に成功させるにはその必要があるわ」

「ひきつけるって言っても回避がちょっとでも遅れたら首ごと落ちるんだけどー? つまりアレクシアを信用できるかどうかって話ね」


 トントン、とフィンが首を右手の親指でつつく。

 アレクシアさんの魔法が首切り兎を止められなかった場合、その首が落ちるという暗示だ。


「で、フィンは私を信じてくれる?」

「はっ」


 フィンはその言葉を一蹴した。


「あのエルフはともかく、あんたが私の知る限り優秀な魔導士ってのはよく分かってるわ。私の命を預けてやるからしくじらないでよ」

「もちろん」

「とどめはアズ、あんたがやりなさい」

「任せてください」


 作戦は決まった。

 フィンが相手が狙いやすいように一歩前に出る。


 首切り兎がほぼ同時に動き出す。

 向こうもそろそろ決めるつもりなのだろう。

 大地を蹴り、次に壁を蹴ることで更に加速する。

 ああなってはもう、音だけでどこにいるのかを判断するしかない。


 アレクシアさんは魔法のために集中する。

 エルザさんはアレクシアさんを強化することに専念していた。


 フィンは音がする度にそっちへと向き直る。

 そして一際大きな音がした。

 くる。

 勘としか言えない何かが、そう判断する。


 剣を握る手が自然とこわばってしまう。

 本当に上手くいくかどうかは分からないが、躊躇すれば死ぬのは私たちだ。


 フィンと首切り兎の間に魔法で見えない壁が発生している……はず。


 パリンという音がした。

 そのまま立て続けに割れる音が響く。

 不協和音のように空間に響くその音は収まる気配がない。


 音はどんどんフィンの方に近づいていく。

 首切り兎が見えない風の壁を正面から破壊しているのだ。

 姿がいまだに見えない。

 後わずかといったところで、ようやく首切り兎の姿が目に移った。

 フィンがタイミングを合わせて上半身を反らす。

 相手の牙が空を切った。


 フィンの後ろにも壁があったようで、衝突する度に勢いがなくなっている。

 勢いを取り戻そうと、空を蹴る動作が見えた。

 また加速したらとてもじゃないけど捉えられない。

 それに、その瞬間が一番隙が多い。


 次はもっと勢いをつけて攻撃してくるだろう。

 ここで仕留めるという覚悟を持って、私は使徒の力を解放して剣を振った。

 強引な加速。からの斬撃。

 それは首切り兎の意表をついたようで、相手がこっちを見た瞬間に首を落とすのに成功した。


 封剣グルンガウスの力を使うまでもない。

 耐久力はそれほど高いわけではないようで、当たりさえすれば十分なダメージが与えられたようだ。


 カチ、カチという音がする。

 ……首だけになってもまだ生きていた。

 首のなくなった胴体が首を跳ね上げ、私に向かって首切り兎の頭が飛んでくる。

 後のことを考えずに使徒の力で加速したせいで身体が動かない。

 牙が私の眼前に迫る。

 死の文字が頭に浮かんだ。


「えい」


 その牙は私に当たる前に、首ごとエルザさんのメイスで地面に叩き潰された。

 ぐちゃっという湿った音がして、私は立っていられなくなり尻餅をついた。


「止めを刺すまでは油断しちゃだめよ、アズちゃん」

「ありがとうございます。エルザさん」


 手を差し伸べてくれたので、掴んで持ち上げてもらう。

 お尻についた土を払い、潰れた頭を見る。

 それは黒い灰になったあと、金色の石だけが残った。


 身体の部分も跡形もなく消える。

 ……どうやら私たちが勝ったようだ。


「皆、お疲れ様」

「久しぶりに死ぬかと思ったわ」

「あれだけ壁を仕掛けたのに、全部突破してきたわね」


 山のように積み重ねられていた魔物の骨も消えていく。

 それと同時に、空間の空気が変わった気がした。

 まるで邪気がなくなったというか……。


「首切り兎がいなくなって迷宮の形が保てなくなったようね」


 アレクシアさんが金色の石を拾う。

 魔物を倒せば魔石が手に入るものだが、あんな魔石は見たことがない。


「多分迷宮の核と同化してたみたい。まあそうでもなければこんなところで首切り兎が生まれるはずもないか。出現する魔物を枯れるまで狩り尽くしていたみたいだし」

「これは高く売れるわねぇ。それにしても相手が戦闘経験のあまりない若い個体でよかった。歴戦を経験してる成熟した個体ならアレクシアちゃんの魔法に気付いて避けていたと思う。あるいは不意打ちで全滅かな」

「えぇ……、あれで弱い方なんですか?」


 信じられない。いや、信じたくないと言った方が正しい。

 できればもう二度と戦いたくない。

 ドラゴンとは違う意味で命がいくつあっても足りない相手だった。


 得たものは金色の魔石だけ。

 まあ、任された仕事ができたのでよしとしよう。


「……閉まってた出口がそのままなんだけど」

「あらー。どうにかしないと出れませんね」

「休まないと動けそうにないです」

「私も魔力切れよ」

「ちょっと休んでから出る方法を考えましょうか」



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