第619話 彼女は何も考えていない

 エヴァリンの突然の豹変に面食らう。

 先ほどまでは真剣に対峙しつつも、どこか相手にされていなかった感すらあったのに今では強い怒りを向けられている。


 それだけではない。

 エヴァリンの身体から尋常ではない魔力が放出されていた。

 一般人ですら明確に感じるほどで、空気が重くなった気がする。


 アズたちはよりハッキリと分かるようだ。

 アズとアレクシアの表情が険しい。

 オルレアンは怯えてしまって隣で服を掴んでいる。


 平静なのはエルザだけのようだ。

 フィンの姿が見えない。一体どこに……?


 エヴァリンの真後ろにフィンの姿があった。

 無音のまま後ろを取り、右手には水晶の短剣を握っている。

 どうやら先ほどの出来事を敵対行為だと判断したようだ。


 短剣の先がエヴァリンの首に触れる瞬間、エヴァリンの姿が消えて短剣が空を斬った。


「チッ」


 フィンが舌打ちをする。

 すぐにこっちに駆け寄ってきた。

 エヴァリンは瞬間移動で暖炉の前に移動している。

 瞬間移動がある限り、背後をとっても意味がない。


「あんなの話し合いが通じる相手じゃないわよ! その気になったらこの辺り一帯ごと私たちを消し飛ばせる化け物じゃない」

「落ち着け。まだ戦うと決まったわけじゃない」


 フィンを宥める。

 気持ちは分かるが、今のはまずい。


 ガタン、と音がした。

 木の人形が動き出す。


 木の幹で作られた巨大な腕がこっちに振り下ろされそうになる。

 アレクシアとアズが武器を構えるが、エルザだけはそのまま一歩踏み出す。


「ちょっと」


 アレクシアが声をかけるが、エルザは無視した。


「人間がエルフを裏切った話をするのでしたら、先にエルフが灰の国を見捨てた話もしないといけないと思いますけど? そうでしょう? エヴァリン」


 ピタリと木の人形の動きが止まった。

 人形の腕はエルザの目の前まできている。


「どうしてその話を知っているの? もう灰の国のことを知っている人間なんてないと思ってた」

「さぁ何故でしょうか? とりあえず人形を戻してその鬱陶しい魔力を消してください。さもないと私の口がペラペラと昔話を喋り出しますよ」

「……分かった」


 エヴァリンはエルザの言葉に従い、呆気なく怒りを納める。

 木の人形は元の位置へ自動で移動していき、再び置物になった。


「一体何なの?」

「昔は色々とあったんです。長く続く戦乱の中で混乱や間違いなんかも」


 アレクシアの言葉にエルザはそう返した。

 それに対してエヴァリンは不服そうに口を出す。


「あれは正しい判断だったわ」

「その結果エルフはもう滅びる寸前ではないですか。有り余る魔力と長い寿命、そして偏った知識のせいで貴方たちは深く考えるということをしない。今回のこともそうでは?」

「……。ずいぶんエルフのことを知った口ぶりね。まるで見てきたかのように言うじゃない」


 エヴァリンがエルザに疑惑の視線を向ける。


「実際に見てきましたから。まだ人里に近い場所にエルフがいたのには少し驚きましたけど」

「それは……」

「本当は人と歩み寄りたいけど、どうしていいか分からない。ですか?」

「そんなことはないわ。ただ住んでいる近くに厄介な魔物が発生して邪魔なだけよ」

「そういうことにしておきましょう」


 エルザが少し話しただけで空気が変わった。

 一触即発だったのに、話し合いの雰囲気に戻りつつある。


 灰の国というと、アズとエルザがカタコンベで出会ったという灰の王が治めていたかつて大陸にあった国か。

 太陽神教に攻め滅ぼされて歴史ごと消え去り、ダンジョンと化した城だけが今は残されている。


 エルフにとってはよほどそのことを話されたくないのか、態度が軟化していた。

 詳しく聞きたいものの、エヴァリンはそれを許可しないだろうという感じがしたので今は気にしないでおく。

 どうやらエルフにとって不名誉な話のようだ。


「さて、それじゃあ建設的な話をしましょうか」


 エルザは笑顔で手を叩く。

 エヴァリンもエルザの言うことなら耳を貸すようなので、任せよう。


「実際に発生した魔物を私たちは確認していません。それっぽいのはいましたけど、遠目からフィンちゃんが確認しただけです。なのでまずその魔物を私たちに見せて下さい。あの炭鉱は大勢の人が冬を越すための暖をとるために必要な場所です。それを封鎖するからにはそれ相応の危険でないととても認められません」

「そうね。直接見てないからそんなことを言えるんだわ。魔物の穴ならともかく、自然発生で出現していい魔物じゃないもの」

「じゃあ案内をお願いします。結界で封じているのなら位置も分かりますよね?」

「ついてきて」


 エルザの言葉にムッとしつつも、エヴァリンは外に出る。

 追いかけてコテージの外へ出る。

 外はもう真っ暗だ。

 今からではいくらなんでも危険だと言おうとしたところで、エヴァリンが突っ立っている。


「どうしよう。夜だわ」

「……ええ、夜ですね。気付いてなかったんですか?」


 そういえばコテージには窓がなく、外は見えないようになっていた。

 あれでは時間は分からないだろう。

 時間に頓着しないとは聞いていたものの、まさか今が朝か夜かも把握していないのか?


「夜って嫌い」


 それだけ告げるとコテージに戻ってしまう。

 流石に全員きょとんとしてしまった。

 ユーペ王女とは別の自由さというか、こっちの都合はお構いなしだ。


「え、なんなの? これやっぱり喧嘩売られてる?」

「……今のは悪気があるわけじゃないんです。エルフはああいう人たちなんですよ。こっちの都合はお構いなしというか、見た目は理性的なのに考え無しというか」

「最終的に人類とエルフが袂を分かった理由が少しわかった気がしたな」


 コテージの中に入ると、エヴァリンはもう寝ている。

 どうしようもないので隅っこを借りて寝袋と毛布を使用して眠ることにした。



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