第617話 森の中のコテージ
密集した森を抜けた途端、気持ちのいい爽やかな風が吹く。
高い湿度のせいか蒸し暑かった身体を冷やしてくれる。
一旦先行しているフィンも戻して涼をとることにした。
真夏のような暑さとは別物だが、かなり汗をかいたので一旦重ね着した服を脱いでおく。
それだけでも全然違う。
「涼しいですねぇ……」
「ここがエルフの滞在地点の近くにある湖か?」
「貰った地図だとそうなってるんだけど」
アレクシアから地図を見せてもらう。
地図といってもランドマークを大雑把に記したものだ。
過去森に入った冒険者や都市の住人の証言をもとに作成したらしいので信憑性は薄い。
それでも大きな湖は一つだけらしいので、間違いないだろう。
なんせ向こう岸に見える木々がかなり小さく見える。
相当な大きさだ。こんな湖がいくつもあるとは思えない。
水筒の水を飲んで渇きを潤す。
「それで、そのエルフってのはどこにいるのよ?」
「ここから北東に進むと小さく切り拓いた場所があるみたいだ。そこに拠点を構えているらしい」
「本当に森に棲んでいるんですね……」
「こんな場所にわざわざ居を構えるなんてエルフはよほど人間が嫌いなのかしら。不便極まりないと思うんだけど」
「古い話ですけど、人間と亜人……それもエルフは色々とあったんですよ。エルフはそばにいるだけで人間は怯えてしまいますし。例えばあの火竜が仲良くしようと近づいてきたとして上手くいくと思いますか?」
火竜といえば帝国の都市アテイルのことを思い出す。
都市の防衛網がまるで役に立たなかった。
軍隊や冒険者たちが束になっても歯が立たない暴力の化身そのもの。
幸い戦いにはならなかったが、たしかにあの火竜が友好的だったとしても人間は恐ろしいとしか思わない。
「私はそんなことはありませんが……」
「オルレアンちゃんは火の巫女だからね。火竜には親しみを感じるんだと思うよ」
「エルフはあの火竜並みだっていうのか?」
「魔力量だけなら、ですけどね。隣にいるだけで意識せざるを得ない。そして人間はそれにずっと耐えられるほど気が長くはない。なら離れて住もうとなっても不思議はありません。でも敵対的というわけではないと思いますよ」
エルフがやったことは炭鉱の入り口を封鎖しただけだ。
それは炭鉱都市にとっては死活問題だが、怪我人が出たわけでもない。
もし人間に悪感情を持っていたらたしかにもっと何かしら起きてもおかしくないか。
「話し合える相手ならいいんだが」
「理性的な相手だとは思いますが、こればかりは会ってみないと分かりませんね」
十分休めたので再び上着を羽織る。
この蒸し暑さもあと少しの辛抱だ。
フィンの提案で一番高い木に登ってエルフの場所を見つけることになった。
アレクシアの風の魔法で身軽になったフィンが木に向かって走る。
そしてまるで重力など存在しないかのように走りながら登っていった。
さすが、曲芸師のような身軽さだ。
勢いを落とすことなく木の天辺に辿り着くと、フィンが幹にしがみ付いて周囲を確認する。
彼女は目もいいのですぐに見つけてくれるだろう。
少し経ってフィンが木から降りてくる。
「どうだった? それらしいところはあったか」
「あ、うん。それは見つけたわ」
少し歯切れが悪い。
何か木の天辺で見たのだろうか?
「どうしたんだ? 何か変な物でも見たのか」
「なんて言えばいいんだろう。ここからはずっと離れた場所なんだけど……黒い霧というか、塊が見えたのよ」
「黒い霧? 雨雲か?」
雨が近いとしたら準備をしないと濡れて風邪を引いてしまう。
しかしフィンは首を横に振って否定した。
「そういうんじゃない。もっと低い場所で、まるで生き物のようにうねっていたと思う」
「もしかしたら魔物かもしれないな。森の奥は普段見ない魔物がいると聞くし」
「見た瞬間に背筋がゾワッとした。多分あれと遭遇するとかなり危険だと思うわ」
「分かった、ありがとう。気に留めておく。アレクシア、魔法では何か引っかかったか?」
森の限られた視界では相手を見て回避するのは難しい。
先行しているフィンは確実に遭遇してしまう。
アレクシアならそうなる前に魔法で分かるはず。
「近くに魔物の気配はないわ。動物はいるみたいだけど、あんまり動こうとはしないわね。私が感知できる距離にはいないはずよ」
「そうか。何か分かったら言ってくれ。エルフは魔物も怖くないんだろうか。蚊の魔物がどうとか言っていたようだが」
ここに居続けても仕方がない。
改めて移動することにした。
フィンが発見した場所に向かって進む。
日が沈み始めた頃に、一軒のコテージを発見した。
そこだけ開拓されたように木がない。
「ここ……か。夜になる前に辿り着いたな。とりあえず話だけできるか聞いてみるか」
コテージの入り口に移動し、扉をノックする。
中は灯りが見えるので誰かがいるはずだ。
しばらく待つ。もう一度ノックしようと思った瞬間、扉が開いた。
そこに立っていたのは……木の人形だった。
人形の顔に当たる部分には目も鼻も口もない。
「これ、パペット人形だわ。魔力で動かしてるのね」
「あ、ああ。人形か。ビックリした」
なんせ木の人形は成人男性よりも背が高い。
異様な威圧感があった。
フィンがジロジロと人形を見る。
「ちょっと、これアレクシアより強いんじゃないの?」
「そんなはず……って言いたいけど込められた魔力がとんでもないわね」
ヨハネには分からなかったが、どうやら目の前の木の人形は相当な一品らしい。
首をかしげるようにしてこっちに顔を向けている。
通してくれる気配はなさそうだ。
「どうしたのプッペ。客が来たなら連れてきて」
部屋の奥から声が聞こえてきた。
それでようやく目の前の木の人形が後ろに引き、背中を見せて歩き出す。
どうやら中に入る許可は貰えたようだ。
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