第481話 明けの明星

 異端認定。

 神の名のもとに敵であると認定されることだ。

 長らくこの大陸では縁が無かった。

 それは太陽神教が大陸中の宗教を牛耳っていた証だ。


「こうならぬように最大限手は打ってきたつもりだったが、襲撃された時から計画されていたのかもしれんな。思えば石像事件の頃からなりふり構わずだった。傍流が暴走したと考えていたのだが」

「それは……」


 忘れもしない石像事件。あれは領主が病に臥せたのをいいことにバカな息子を太陽神教が丸め込こんで起こした事件だ。

 あれが切っ掛けで王国は太陽神教を排斥することになった。


 今思えば妙なことだらけだ。

 カソッドから金を吸い上げるだけならあんな石像を作る必要はない。

 都市一つを石像に襲わせてその後どうするつもりだったのだろう。

 確実に露見するはずだ。

 占領したとしても長くは確保できない。


 あるのは死体の山だけだ。


 ……それを知っていただろう神殿騎士エルヴィスは自ら灰になって死んでしまった。


「言い逃れすらするつもりがないのなら、もはやこれまでだ。自ら攻め入っておきながら敵と名指しするとは良い度胸をしている」


 公爵家が襲撃され、危うくアナティア嬢が命の危機に晒された。

 使用人には被害者も出ている。


 誰よりも怒りを覚えたであろう公爵はそれでも戦争は避けるつもりだったのだが、まさか相手からその手を弾かれるとは。


「……しかし神の敵、か。これも運命なのかもしれん」


 バロバ公爵はそう言うと側にあった壊れた王冠を手にする。

 オークションで土の精霊石と共に落札していたものだ。

 元々は立派な王冠だったのだろう。

 しかしヨハネの目からみてもすでに輝きは失われており、かつて王冠だったことしか分からない。


 バロバ公爵にとってはなにやら思い入れがあるようだ。


「ヨハネよ。お前はあの子からルーイドの運営を任されているんだったな」

「ええ。色々とあってテコ入れといいますか……。分けて頂いた土の精霊石が役に立ってます」

「ルーイドに使用したのか。ならば戦争になっても王国の食料は心配はいらんな」


 あの子……ティアニス王女のことだな。

 本当に戦争になるのだろうか。


「そう不安そうな顔をするな。すぐに戦争にはならん。しかしアーサルムの出入りは難しくなる。念のためアナティアを避難させておいて良かった」

「王城は王国で一番安全ですから」

「そうだな。調べたところ奴らは妙に身柄に固執していたようだし、後顧の憂いは少ない方がいい。そうだ。あの目録の品だが」


 やっぱり気前が良すぎたと思ったか?

 なるべく顔に出さないように懐から目録を取り出そうとする。

 商人はどんな時でも笑顔でなければならない。


「今更渡せというつもりはない。が、多いのは事実だ。アナティアはお前たちに心を開いているようだし顔を見せてやってくれ。困っていたら手助けも、な。分かっていると思うが勿論手は出さないように」

「わかりました。心得ております」


 うーん、あの財宝は結局ひも付きになったか。

 まあこれくらいは仕方ないか。

 そもそもティアニス王女と一緒に居るのでアナティア嬢と会う機会は多い。

 頼まれごとは言われなくても発生しただろう。

 そう思えばタダみたいなものだ。


 あの量をオークションやカソッドで換金するのは難しいだろうし、どうせなら王都で換金してカソッドに戻ろうかな。


「分かっていると思うが、このことは決して口外しないように。娘の恩人を罰したくはない」

「約束します。口の堅さは商人の信用そのものですから」


 ここからは公爵と国の問題だ。


 公爵家から立ち去る。

 そういえば公爵は耐魔のオーブを身に着けていなかった。

 大事にしているアナティア嬢に持たせてあるのかもしれない。


 宿に到着すると、そのままベッドに突っ伏した。

 ようやく休めると思うと疲れがどっと溢れてきて一歩も動きたくない。


 それはみんな同じだったようで、まだ日が明るいというのに熟睡してしまった。


 ――窓の外が明るい。

 窓から強烈な光が差してきて目を覚ました。

 丸一日寝てしまったのかと思ったが、違和感を感じる。


 窓からは強い光が差しているのに、部屋の窓から遠い部分は見通せないくらい暗い。

 朝ならこんなことは起きないはずなのに。


 気になって窓の日除けを開けて外を見る。


「なんだよ、これ」


 真っ暗な空一面に流れ星が流れていた。

 いや、違う。あれは星じゃない。


「どいて!」


 アレクシアが押し退けて窓の外へ乗り出す。


「なんてこと……あれは全部魔法よ」

「魔法? あれが?」


 そんな馬鹿な。

 空を覆い尽くすような数だ。

 魔法が向かっている先は恐らく王都の方向。


「ちょっと、どうしたの?」


 フィンがアズと一緒にこっちに来る。

 都市の人たちもおかしいと思って見物に出てくる人が出始めた。


「王都へのポータルはまだ開いてるわよね?」

「あ、ああ。そのはずだ」


 物資の行き来が多いアーサルムと王都は二四時間ポータルが繋がれている。

 深夜でも使用できるはずだ。


「あの魔法の狙いは王都よ。儀式魔法かなにかだと思う。もし移動するならとにかく急いだほうがいい」

「分かった」


 二度寝するような状況ではない。

 慌てて荷を纏めて宿を出る。


 この場で待つという選択肢もあった。

 その方がずっと安全だ。

 だが今行かなければ後悔する気がした。


 公爵にアナティア嬢のことを頼むと言われたからだろうか。


 ポータルのところへいくと、なにやら兵士が集まっていた。

 空の異常を確認しているのだろうか。


 話してみるともう使用制限が行われているらしい。

 ただ兵士の中に公爵家で顔を合わせていた人物が居たので、幸い使わせてもらうことができた。


 ポータルを使用し、王都へと移動する。

 王都に到着して最初に見たのはこっちに向かってくる大量の隕石だった。

 それを王都に張り巡らされた結界が防ぐ。


 大部分は防いだ。

 しかし降り注ぐ流星群の数は多く、いくつかは結界を抜けて落ちてくる。

 ポータルの上にも落ちてきて慌てて避けたが、一部が破損し使用不可になった。


 それだけではない。

 大きな隕石が王城へと落下したのを見た。


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