第333話 舐められたままではいられない

 動かない兄弟を捕縛し、階段を進む。

 二階にフィンは向かったはずだ。


 二階に到着し、手前の部屋から覗いていく。

 そこそこ大きな屋敷とはいえ部屋数は多くない。


 一番奥の部屋に辿り着くと、数人の黒い衣装をまとった男達が床に倒れていた。

 フィンとアズがちょうど武器を収納していたので、今まで戦っていたようだ。


「どうしたのよ、血相変えて。ああ、下でも襲撃されたみたいね」


 フィンからは呑気な声が聞こえてきた。

 大した相手でもなかったようで、余裕すら感じられる。


 同時にエルザやアレクシアの実力も認めているという裏返しなのだろう。


「ご主人様、ごめんなさい。呼びに来た時に襲われたので加勢していました」

「いや、それはいい。挟み撃ちになっていただろうから良い判断だ」


 そう言うとアズがホッとしていた。

 戻ろうとしてもフィンが許可しなかっただろうし。


「こんな雑魚どもを当ててどうにかなると思ってたかなぁ。組織にすら所属していない野良集団だよ、こいつ等」

「下で襲ってきたのは大男と細男の兄弟だったな」

「……知らない。私が知らないなら小物だから気にしなくてもいい」


 フィンはそう言うと、僅かに動こうとした足元の男のうなじを踵で踏みつぶす。

 潰れたカエルのような声と共に、今度こそ動かなくなった。


 あれは痛いだろう。しばらくは固形物は食べられないだろう。


「アズから聞いたわ。下で証拠が見つかったんでしょ。こっちには何もなかったけど、それならもう家捜しはしなくてもいいか」

「そうだな。ジェイコブに伝えれば後はいい感じに治めてくれるだろう。直接殴れないのが残念ではあるが」

「そもそも一商人が関わるような案件じゃないって。アズがポピーの実を持ち出した時点で本当は良くなかったんだから」

「あぅ……それはたしかにそうでした。ごめんなさい」

「冒険者なら薬草採取だってしたことあるでしょ。その時に気を付ける毒草なんかと一緒に教わるはずじゃない?」


 そういえば最初にアズに渡した依頼書に書かれていたな。

 当時はアズはまだ文字が読めなかったので絵で判断していた筈だ。


 ヨハネもその辺りはアズに上手く伝えられていなかった。

 つまり、今回のことはある意味身から出た錆に近い。


 それをフィンに言うと無言で脛を蹴られた。

 とても痛い。


「あんたほんと抜けてるわねぇ。頼りになるんだかならないんだか。最初はやり手って感じだったのに」

「そう思ってたのか。そりゃ光栄だな」

「最初の話だって言ったでしょ。はぁ、まあいいわ。さっさと人呼んできなさいよ。私が見張ってるから――」


 フィンが咄嗟に後ろを見る。

 そこには壁と窓があるだけだ。


「どうした?」

「雑魚ばっかりと思ったら、時間稼ぎか。下に降りるわよ」


 フィンは質問には答えず、先に移動する。

 少し戸惑ったが、アズ達も何かを感じているようだ。


 これも戦士の勘というやつなのだろうか。

 さっぱり分からないが、こういう時は任せるしかない。


 一階に降りると、玄関にはあかがね色の少女と不気味な男が並んで待っていた。

 ジルとイエフーダだ。


「はぁ、せっかく新しいしのぎが出来ると思ったのに。お前に邪魔されてばかりだ。ヨハネ君」

「知らん。こんなクソみたいな商売は潰すに限る」

「ハハ。同感だ。お前が来なくても潰してたさ。しっかり稼いだ後にあいつらごとな。まぁ、計画はご破算になっちまったから先に始末して財産は頂いたけどよ。これだけでもまぁ、今回の稼ぎとしては我慢できる範囲かなぁ」


 ……相変わらず話しているだけで悪意をばら撒く男だ。

 胸がムカムカしてくる。


 相容れない。その一言に尽きる。


「ならお前も捕まえて突き出してやる。関係者なんだろう」

「おいおい、怖いこと言うなぁ。トンずらしてもよかったんだが、こいつがもう一度会いたいっていうから保護者として、な。こいつはお前を見習って飼いはじめたんだ。いい出来だろ?」


 あれからそこまで月日が経っていない。

 どこまでこいつの言葉を信じたものか。全てが嘘でもおかしくない。


 確実なのは、ジルが武器を構えており、戦闘は避けられないことくらいか。


「お前らを始末して薬は回収するのが一番上出来な結果だなぁ。心配するな。骨はその辺に捨ててやるからよぉ」

「黙れ」


 これ以上話すことはない。

 こいつも一緒に突き出して麻薬に関わった罪を償わせる。


 アズ達とフィンが協力すれば勝てるだろう、そう思ったのだがフィンが右手を上げて、動こうとしたアズ達を止めた。


「この不気味なガキには一杯食わされて、正直イライラしてるのよね。私がやるわ」

「危険じゃないか、どうせなら安全に……」

「うるさい。これは商人のあんたには絶対に分かんないわ。私にだってプロとしてのプライドがあるのよ。舐められたままじゃいられない」


 いつもより強い口調。いや、最初に出会った頃のようなとげのある口調だった。

 これは無理に加勢すれば溝が出来るだろう。


 本人がやりたいなら止めても仕方ない。

 幸いエルザもいる。大怪我位なら治療費も込みで世話してやろう。


「勝てよ」

「誰に言ってんのよ。私は今まで無敗なんだけど?」


 アズ達は後ろに下がり、フィンはそう言って前に出る。


「へぇ、いいのかい? うちのジルはおっかねぇぞぉ」

「……邪魔」


 イエフーダが脅かすような仕草をフィンに向けた後、ジルが鬱陶しそうに吹き飛ばす。

 腰をしたたかに打っている。ざまあみろ。


 ジルは再び右手で大剣を持ち、そのまま背に乗せて左手をだらりと下げている。

 そしてジリジリと間合いを詰めていった。


 対するフィンは両手にダガーを構えて、小刻みにジャンプしていた。


 ジルがある程度距離を詰めた瞬間、フィンの姿が消える。


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