第283話 大事なのは、信用

 アズ達はバロバ公爵から土の精霊石の欠片を受け取った後、もう一日だけ宿泊した。


「また遊びに来てちょうだいね」

「分かりました。ヨハネ様にも伝えておきます」


 アナティアと別れの挨拶をした後に、フィンと共にヨハネの元に戻った。

 貧乏ゆすりをしながら宿で待っていたヨハネは、アズ達が戻るとすぐに椅子から立ち上がって出迎える。


「よく戻った。少し遅いから心配してたんだ。フィンもよく引き受けてくれた」

「私の仕事はほとんど無かったけどね」

「いいさ、何かあった時にお前がいたら確実に役に立つと思って雇ったんだからな」

「当然よ」


 フィンに依頼料を支払う。

 安全のための保険と考えれば決して高額ではない。

 出発した後の詳細をアズから聞いた後、アズの頭を思いっきり撫でる。

 アズは照れ臭そうにヨハネの手を受け入れた。


「上々だ。あいつは一度ぶんなぐってやりたかったが、アズが代わりに仕返ししたんなら文句はない」

「途中からは正気ではなさそうでした。やっぱり太陽神教は危ない宗教なんでしょうか」


 さすがにもう太陽神教が公明正大な宗教とは思っていないが、貴族に対して誘拐まで行おうとしたのは衝撃が大きかった。


「……なにかあるのは間違いないだろう。割りを食うのは何も知らない信者たちだな」

「今までは布教に熱心な事もあって良い面だけを見せていましたけど、最近は強引な手段が増えてきました。信者を増やす気はもうないんでしょう」

「宗教は信者を増やすことが一番の目標だと思ってましたわ。そういうビジネスかと」

「間違ってはないですね。信者がいないとほら、創世王教みたいに廃れちゃいますし」


 あはは、とエルザは笑った。

 笑えない自虐だ。


「あいつ等が何を考えているかなんて分からん。分からんことを考えるのは時間の無駄だ」


 ヨハネはそう言って話題を打ち切る。


「それで、これがその石片か」


 アズから渡された石片を興味深そうにヨハネは見つめた。

 鑑定の時に使う片眼鏡を左目に装着し、くまなく精査する。

 しばらくそうしていたが、神妙な顔をして石片を机に置いた。


「……ただの石にしか見えん。お前達にはこれが土の精霊石の欠片というのが分かるのか?」


 ヨハネがアズ達に尋ねる。

 すると、アレクシアが机に置かれた石片を手に取る。


「こうして手に取ると、僅かながら精霊の力は感じますわね。火の精霊も反応していますし」


 話題に上ったからか、アレクシアが身に着けているブローチから、火の精霊があらわれる。

 じっと土の精霊石の欠片を見つめていた。


「精霊は創世王様と関係が深いですからー、私は分かりますよ」


 エルザはそう言うと、アレクシアから土の精霊石の欠片を受け取る。

 エルザの手が触れた瞬間、ぼんやりと欠片が光る。


「本当に僅かですが、たしかに精霊の力があります。ちゃんと条件を満たせば土の精霊の力を発揮して私達を助けてくれますよ」

「なるほど。それは結構な事だが……作物を育てるのがその条件か?」

「はい♪ 正確には土を耕して、種をまいて、作物を育てることですね。豊穣をもたらすのが土の精霊ですから」


 エルザが見せたのは清々しいほどの笑顔だった。

 土いじりをよくやるエルザにとってはいい話なのだろうか。


「農業にはどこかで手を出すつもりだったが、まさかこういう形で背中を押される事になるとはな。欠片とはいえ土の精霊がいるなら、不作もないだろう。リスクは抑えられるか」


 右手をあごに添え、ヨハネは思案する。


「土地代も手に入った。宿の買収を含めても余裕はある、か。おっとそういえば」


 ヨハネは自分の荷物から一枚の紙を取り出す。

 それは小切手だ。そこに金貨五百枚と記入する。


 耐魔のオーブを公爵に売ったお金はすでに銀行に移している。

 そして、このお金はアズ達以外にも受け取る人物がいた。


 カズサにも渡す約束をしている。


「アズ、カサッドに戻ったらこれをカズサに渡してきてくれ。彼女の取り分だ」

「分かりました。家の場所は聞いてるので、すぐに行きますね」


 ヨハネはアズに小切手を渡す。

 金貨五百枚の価値があるので、厳重に管理するように伝えた。


「自分じゃなくてアズに渡させるなんて、ずいぶん信用してるのね。商人にとって金は命でしょうに」

「それは違うな。今ならはっきり言えるが、商人にとって命は信用だ。俺はアズを信用してるし、もちろんフィンも信用している。信用があれば、どん底からでも這い上がれるからな」


 目を見てハッキリと言う。

 アズを買うよりも前なら違う答えをしていただろう。


「私もご主人様を信じてます」


 アズも目を逸らさずにヨハネに言った。

 フィンは一度だけ視線を逸らしたものの、ヨハネに視線を戻してふん、と鼻を鳴らした。


「私も信用してるわよ、一応ね」

「そうか。嬉しいよ」

「チッ」


 舌打ちが聞こえてきた。だが、どう見ても照れ隠しだ。

 最初に比べるとずいぶん気を許してくれるようになった。


「戻ったら色々とやる事がありそうだな。すぐに儲けにはならないが、これからの種をまく時期ってことかな」

「少しゆっくりするのもいいですよ。ちなみに私も信用してますからね」

「仕方ありませんわね。私も手伝いますわ。自分の食い扶持でもありますから。……信用してますから、裏切らないでくださいまし」


 エルザとアレクシアからの言葉に頷く。

 フィンはともかく、他の皆はもはや一蓮托生だ。


「ポータルも使えるようになるんなら、今日は祝賀会にしよう。フィンも参加していけよ」

「まぁ、一食浮くならいいわよ。急ぎの仕事は終わったから」


 どのような仕事だったかはあえて聞かない。

 フィンの仕事は秘密が多いので、向こうも深く語ろうとはしなかった。


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