第192話 どこまでが平和か
ヨハネはエルザを連れて宝石商の元に足を運ぶ。
宝石の事は宝石に詳しい者に任せるのが筋というものだ。
スパルティアで手に入れた宝石類も此処で換金したのを覚えている。
店の中に入り、鑑定中の店主に声を掛けるとこちらへと視線を向けた。
箱一杯の真珠と珊瑚を見ると、一瞬だが目を見開いたのをヨハネは見逃さなかった。
しばらく粘りに粘った末、金貨205枚で取引する事で話が付く。
モノはどれだけ良くても未加工の宝石だ。
この辺りが妥協点だと判断した。
バカンスのついでに得られたあぶく銭と考えれば十分だろう。
「良かったですねー。最後は一枚単位で調整し始めたのは驚きましたけど」
「物はいいからな。多分宝石商で加工して売るときは値段が10倍になってるぞ」
「10倍ですか……。確かに欲しがる人は金の糸目はつけませんね」
エルザと話しながら移動する。
店で売りきってしまったものを発注するために足を運ぶ。
鍛冶屋に鉄や青銅製品を依頼し、錬金術師の元でポーション類などを買う。
幾つか店を回っていると昼時になった。
「粗方回ったし飯にするか」
「良いですね。何にしますか?」
「広場の屋台で良いだろう。定番のあれで良いか」
エルザは聖職者だが、創世王教に食事に関する規律は特にないと聞いている。
屋台で芋と川魚の揚げ物を4人分注文した。
少し冷えてしまうが、留守番をしている2人にもお土産が必要だろうと買っておく。
油に具材が投入され、カラカラに揚がる音がする。
行列が瞬く間に解消されていき、ヨハネ達も注文した分を受け取る。
パンと飲み物も購入し、椅子に座って揚げ物を2人でつつく。
竹串が付いているので手が汚れなくて助かる。
「味付けの酢と塩が利いてるな」
「この位の方が好きかも」
「確かに……熱っ」
「なにやってるんですか」
感想を言い合いながら摘まみ、ついでに周囲を見る。
活気があるとはこのことだろう。
沢山の人が行き来しており、店も広場を埋め尽くすほどだ。
食べ終わるとゴミを捨て、椅子から立ち上がる。
移動するとすぐにヨハネ達が空けた席が埋まった。
「帰るか」
「分かりました」
エルザを連れて店に戻る。
裏から入ると、裏庭でアズとアレクシアが模擬戦をまだ続けていた。
アズは素早く動き、常に攻撃を仕掛ける。
それをアレクシアは最小限の動きで防いでいた。
アズはアレクシアの堅牢な守りを突破できないようだ。
少し眺めて、間合いが開いたのを見計らって声を掛けるとアズが持っていた武器を下ろす。
木で作った訓練用の剣だ。
「お帰りなさい。早かったですね」
「そうでもないと思うが。その様子だと食事もとってなさそうだな」
「え、もうそんな時間ですか?」
アズはそう言って太陽を見る。
もう十分日が昇っている。お昼時だ。
「気付かなかった……」
「随分熱心でしたわね」
「楽しくてつい」
「飯は買ってきたから、とりあえず汗を流してこい」
「はい、すぐに行ってきます」
アズとアレクシアは風呂場へと向かった。
食事は炊事場に置いておけば分かるだろう。
店を覗いてみたが、特に問題は無さそうだったのでそのまま任せる。
椅子に座ると、ようやく気が抜けてきた。
数日もすれば店の品揃えも元に戻るだろう。
これからどうしようか。
オークションに参加するにしても参加資格が必要だろうし、他にもやる事が幾らでもありそうだ。
アズとアレクシアが軽装で降りてくる。
ラフな格好だが、家の中だし良いだろう。
「お風呂頂きました」
「昼に入るお風呂も良いものですわね」
「屋台で買ってきたから、これで昼にしてくれ」
テーブルに買ってきた食事を広げる。
ヨハネとエルザは食べてきたので、エルザが用意した白湯をすする。
のどかな一日になりそうだ。
ヨハネがそうして過ごしている間、大陸の別の場所で血が流れていた。
人目に付かない様に地下に作られた建物の中で、複数の騎士が斬られ血を流している。
騎士の背中には太陽のシンボルが描かれたマントが見える。
その場で無事なのは2人だけ。
それはかつてアズと遭遇したキヨというアンデットと、化生と化した灰王だった。
「此処も外れか」
「だが意味はあった」
灰王がそう言って奥に進む。
奥は祭壇になっており、1人の少女が祈りを捧げていた。
否、捧げさせられている。
よく見れば目を潰され、足の腱を斬られ、手は無理やり祈るために縛られている。
足元には不思議な紋様があり、少女はぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。
これを見て神に祈りを捧げていると思う人間はいないだろう。
だが、太陽神の力の為にこうさせられている。
「悪趣味な事よ。変わらんなぁ」
「楽にしてやろう」
灰王はそう言って少女の頭に手を載せる。
すると足元の紋様が砕ける様に消え、少女が倒れた。
少女は事切れている。祈りの為に無理やり生かされていたようだ。
「これで幾つだったか?」
「10は超えた」
「潰しても潰しても辿り着かん。だが問題はない。我らはもう人間ではない。時間はある。復活に間に合えばよい」
「このような太陽神教の施設を全て潰せば、使徒も黙ってはおるまい」
「かの神殿に直に出向けば楽なのだが」
キヨはそう言って骨になった顎を撫でる。
まどろっこしい作業にやや辟易していた。
「まだその時ではない。我が騎士達と共に攻める機会はいずれ訪れよう」
「そうだな。そうとも。その時は存分に暴れようぞ」
「失われし我が女神の敵。全てを滅してくれよう」
灰王は少女の亡骸を布で覆ってやる。
「遅くなってすまん」
そう言って立ち去っていった。
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