第5話 無力

「まさかお兄ちゃんもこの世界に生まれ変わったなんてね〜」


「いや、いやいや!ちょっと待てよ!」


死ぬ前と同じような呑気なノリで話始める妹の声を思わず遮って叫んでしまう。


「なんで、お前がこの世界に居るんだよ!」


「そりゃあ私も死んじゃったから」


「だから!俺はお前をトラックから庇って死んだんだぞ!?それじゃ俺は無駄死にだったってことじゃねーか!」


「そうだよ?」


「そうだよ」と、無慈悲に告げられパニックになった思考が急停止する。


「確かに庇ってくれたみたいだけどさ、人一人クッションになった程度でトラックは止まらなかったんだよ。あの時私も吹っ飛ばされて、そのまま電柱に頭打って気づいたらこの世界にいた」


淡々と自分の死について語る妹の姿は、俺に不気味な恐怖感を与えた。


「でも正直こっちの世界に来て良かったよ、お兄ちゃんも見てたんでしょ?

あのジャイクスの馬鹿っぷり!

ちょっと優しくしたら直ぐに私の言う事聞いてくれてさ。

クソみたいな倉庫に押し込められてた前世よりもよっぽど自由で楽しいよ」


「あ、ああ……」


どうして気づかなかったんだろう、

奈緒がこんなに歪んだ性格になってしまった事に。


僕が知っていた彼女は人を操った事を誇らしげに話すような人間じゃ無かった。何か、何か言わないと。


「なあ、奈緒。別にそんな人を利用するような事をしなくてもいいだろ?

普通に慎ましく暮らしていればお前が主人公に退治される事なんて無いはずだし、前みたいに一緒に暮らそうよ」


ギリッ。


俺がそう言うと奈緒の顔が一瞬歪み、次の瞬間には氷のように冷たい視線をこちらに向けてきた。


「いやだ、私は最悪の人生を過ごした分こっちで取り返すってもう決めたの。

そのためなら何人でも利用するし不幸にもする」


「……最悪の人生か」


「そうでしょ?親に直ぐ置いてかれて!物心ついた時から小屋で邪魔者みたいに扱われ続けて最期はトラックに跳ねられて死ぬなんて何のために生まれたのかすら分からないじゃん!」


「……そうだな」


確かに、最悪な人生だったと言われてもそれは否定出来ない、でも。


「だから他人に迷惑掛けてでも幸せになるって言うのか?」


気づくと自分も奈緒のように冷静になっていた。

さっきまでとは違うハッキリとした口調で奈緒にそう問いかける。


「さっきも言ったでしょ?私は何をやっても幸せになるって決めたの」


「不幸だったってのは他人を傷つける免罪符じゃない!」


「うるさい!」


一際大きい声で遮られる、だがそんな事で怯んでいられない。


「お前がそんな生き方選んだって知ったら

天国のお父さんとお母さんも悲しむ!」


「黙ってよ!説教なんて聞きたくないしそんな顔も碌に思い出せない奴らなんてどうでもいい!」


……ああそうか、コイツが歪んだ理由がわかった気がする。


俺は母と父の愛をハッキリと覚えてる、

自分が不幸だからって他人を傷つけてはいけないと言うのも両親の教えだった。


でも奈緒は違う、母親は声すら聞いたことないし父親も仕事と家事の両立で殆ど構ってもらえていなかった。


奈緒に残された家族は頼りない俺だけ……

自分の力だけで生きれるように育つしか無かったから、コイツは歪んだんだ。


「いいや黙らない!お前が!奈緒が、

間違った道に進むのを黙って見てられない!」


「その名前で呼ぶな!」


バチンっと、視界に閃光が走った。

これは……雷の魔法?たった一週間で身につけたのか……?


全身に痺れが走り、地面に倒れて動けなくなる。


「がああああ!!」


「兄妹だから、この程度で勘弁してあげる。もし私の邪魔をするようならもっと痛い目にあって貰うから」


「待てよ……奈緒……」


「私の名前はセイラ・リドゥー、生野奈緒は死んだの。

じゃあね、役立たずのお兄ちゃん」


そう言って奈緒は去っていく、

それを俺は指一本すら動かせずに見送ってしまった。

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