第10話 君が思った通りにすれば良い

「ふーん。なるほどね」


 ネヴィアとファルシアから“雷神マリィ”の話を聞いたクラリスは興味深そうにしていた。

 クラリスは初めて知ることに胸を躍らせていた。とは言え、概要だけは知識として頭にあった。

 “雷神マリィ”はサインズ王国にとって英雄と言っても過言ではない存在。彼女の剣はありとあらゆる障害を切り裂き、サインズ王国へ平穏をもたらした存在。

 図らずも、その娘を近衛騎士としたこの事実に、クラリス王女はどう感じるか……?


「偶然にしても出来すぎているわね。ま、でも良いわ。合格は合格だしね」


 その言葉に、ユウリは思わず聞いてしまった。


「知らずに、ファルシア・フリーヒティヒを近衛騎士にしたのですか?」


「ユウリ、不敬だぞ」


 諫めるネヴィアに対し、クラリスは片手を上げて制した。


「良いわよ。ユウリだったわね、あんたのその物言いは案外気分悪くないわ」


「……恐縮です」


「それに対しての回答をするわね。ユウリの言う通りよ、知らずにしたわ。別に私は、この子の母親が“雷神マリィ”の娘だったと知らなくても、近衛騎士にした」


「それは、何故?」


「この子は馬鹿よ」


「く、クラリスさん!?」


 「うるさい」と言いながら、クラリスは続ける。


「だけど、私の言葉にも負けない意地がある。それだけで私の手元に置いておく価値があるわ」


「それだけで……」


「それだけ? 何言ってんのよ。この国にはそれが出来ない奴しかいないでしょ。あんたも含めてね」


 クラリスは半ばそう言い切った。

 ユウリはそれに対し、一切の返答が出来なかった。何故なら図星だったから。疑問を投げかける事はできても、それに立ち向かうことなど絶対に出来ない。

 そんな彼女の反応を見たクラリスはフンと鼻を鳴らす。


「そういうことでネヴィア、お父様にはちゃんと言っておいてね」


「それはもちろん。ちなみに自分からは言わないのですか?」


「私のことは分かってるはずでしょ」


「分かっていて言っているに決まっているじゃないですか。親子団欒は良いことですよ」


「……そうね。あんたにとってはね。撤回したほうが良い?」


「いいえ。サインズ王族の守護に全てを捧げた者としては、もはや些末なことですよ」


 ネヴィアとクラリスの仲は良い。これは知る人ぞ知る事実である。

 騎士団長とは言え、一国の王女に軽口を叩くなんてあり得ない。だが、クラリスはそれを許している。

 それもひとえに、ネヴィアの人柄と言えるだろう。


「はいおしまい。もうこれ以上ないでしょ? じゃあファルシア、私は部屋に戻るから後で来なさいよね」


 そう言い残し、クラリスは歩き去った。これは彼女なりの気遣いである。

 ネヴィアはクラリスが心を許している数少ない人物。その人間が近衛騎士の後ろ盾となってくれれば、それに勝る『お守り』はない。

 自分の所有物であるファルシアが少しの間とはいえ、ネヴィアに取られるのが非常に癪だったが、今は我慢の時と見ていた。


「さて、ファルシアだったな。君はこれから近衛騎士として、正式にクラリス王女の側につくこととなるだろう」


「私は認めていません」


「ユウリ、敗者がそれを言うのは格好がつかないぞ」


 「ぐぅ……」とユウリが呻いた。心底悔しそうなのが分かってしまうだけに、ファルシアはいたたまれない気持ちになった。


「私はこれからどうしていけば……」


「君が思った通りにすれば良い」


 ネヴィアはそう言って微笑んだ。


「順当に行けば、クラリス王女はこのサインズ王国の女王となる。だからこそ彼女を手に入れようと様々な陰謀が渦巻いている。ここまでは分かるかな?」


 ファルシアはこくこくと頷く。


「賢いクラリス王女はそれをよく知っている。話術、強引な術、その他諸々。クラリス王女は自分を脅かすありとあらゆる物を知っている。だからこそ王女は欲しいのだ」


「なっ何をですか?」


「ファルシア、君みたいな子を」


「わ、私、ですか?」


「あぁ、その意味をよく考え、これからの近衛騎士業務をこなすといい」


 ファルシアとユウリに背を向けるネヴィア。彼女はこう続けた。


「ユウリ」


「はい」


「今日からファルシアの教育係を命じる」


「私がですか?」


 ユウリは少しムッとした表情になった。

 まだファルシア・フリーヒティヒを近衛騎士と認めていないというのに、この采配はあまりにも謎すぎた。

 そんな彼女の心情など知ったことではないという風に、ファルシアは目を輝かせた。


「ゆ、ゆユウリさん、よろしくお願いしますっ」


「正気ですか? 私はまだ何も……」


「だっ駄目……ですか?」


 常に合理的な考えを持っているユウリだったが、目を潤ませるファルシアを前に「嫌です」とは言えなかった。

 そんなユウリの内心を見透かしたかのように、ネヴィアは悪い笑みを浮かべてみせた。


「ユウリ、やれるな?」


 もはや言い返すことすら出来ない。

 こういう流れになった時点で、ユウリの運命は決まっていたのだ。


「……拒否権は?」


「仮にも騎士団長からの業務命令だぞ?」


「謹んでお受けいたします」

 

 こうして、ユウリはファルシアの教育係となるのであった。

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