第10話 無限に混乱案件

 ルクレツィアが主にメインなのか、彼女の指示でいくつかのグループに分かれることになった。

 それで順番に試験を受けていくようだ。 彼女が適当に組分けを行うと、シャルハートにとって辛い出来事が起きる。


「ミラと……離れ離れ……だって?」


「そ、そんな世界の終わりみたいな顔しなくても。……でも、そう思ってくれてすごく嬉しいな。えへへ」


「ん? 後半何か言った? めちゃくちゃ小声だったけど」


「ううん! ナンデモナイナンデモナイ」


 お互いに頑張ろうとエールを送り、シャルハートは自分の組へと歩を進める。 シャルハートを入れて十人くらいの組。

 その中に二人、腕の立ちそうなのがいた。


「あら、貴方が最後なのね」


 見る者全てを虜にするような美しい長い金髪。キリッとした表情、流麗な所作。どれを取ってもパーフェクト。

 見るからに誇り高そうな女子である。


「シャルハート・グリルラーズです。よろしくね」


 すると、金髪女子の隣にぴょこんと飛んできた者がいた。


「おお! 君、強そうだね! ね、ボクと戦わない?」


 今度は短髪の黒髪女子である。

 明るく快活そうだ、というのが第一印象である。

 自分の事を“ボク”と呼んでいることに一瞬引っかかったが、世の中には色々な呼称があるということで直ぐにシャルハートは理解する。


「こら、エルレイ。また貴方はそうやってすぐに戦いを吹っかける。悪い癖よ」


「だってアリスー! 普通強そうな奴を見たら戦いたくならない? なるよね? ボクはなるよ」


「今日はこの学園への入学試験なんですから、少しは弁えなさい」


 ゴンッと黒髪女子エルレイの頭に、金髪女子アリスの拳が落とされる。

 この事前に打ち合わせしたかのような美しい流れ、これは相当前から一緒にいるなとすぐにシャルハートは推測がついた。


「エルレイが驚かせてしまったわね」


「いえいえ。そういえば私、まだ二人のフルネームを聞いてないんだけど教えてもらえるかな?」


 すると、アリスは少し驚いていた。


「ん? どうしたの?」


「あ、いえ。私たちのことを知らないって人が珍しくて」


「あはは! またまた! どこかの有名人の方ですか?」


 そこでシャルハートは妙な違和感を覚えた。

 ふと、周りを見ると、他の受験生が皆、自分を見て、顔をひきつらせているではないか。

 あのミラでさえ、自分を驚きの眼差しで見つめている。

 同時に、ミラは何かを伝えたいのか先程からジェスチャーが凄まじい。

 完全に良く分かっていないシャルハートだ。

 対するアリスは呆気に取られた後、少しだけ微笑みを見せる。


「ふふ。ええ、そうね。ごめんなさい、ちゃんと自己紹介させてもらうわ。私はアリス・シグニスタ。そしてそこの騒がしい黒髪がエルレイ・ドーンガルド。改めてよろしくね」


「アリス・シグニスタにエルレイ・ドーンガルドですね。改めてよろしくね! それにしてもファミリーネームがシグニスタとドーンガルドですか。まるでアルザとディノラスの子供みたいですね」


 すると、アリスは首を傾げた。


「子供みたい……って、アルザは私のお父様で、ディノラス様はエルレイのお父様よ?」


「そっか! アルザとディノラスもちゃんと家庭持てたんだ! 良かったよかっ――」


 ――今、何と言った?

 アリスの言葉を思い出すため、シャルハートは時空間魔法の一つである『時間操作タイム・ジャンプ』を発動し、数十秒前へと戻ることにした。

 全盛期のザーラレイドを以てして、一日一回しか発動できない大禁呪の一つである。

 だけど、今のこのモヤモヤを抱えたままでは一生後悔することになったであろうシャルハートにとって、こんな事は些事同然。



「子供みたい……って、アルザは私のお父様で、ディノラス様はエルレイのお父様よ?」



 そうして確認したアリスの言葉。

 これは、間違いない。

 そうなれば、この二人は――。



「ええええええええええ!?」



 周りの受験生からしてみれば、“え、今更気づいたの?”という話である。

 だが、シャルハートにとっては情報の大洪水である。


 あのアルザとディノラスの、子供。


 このキーワードだけで無限に混乱できる自信があった。

 二十年という時間は、自分が思った以上に変化をもたらしているのだと、改めて実感するシャルハートである。

 そんな彼女の混乱をよそに、アリスは言う。


「貴方ってもしかしてどこかでお父様とディノラス様に会ったことがあるの? 何だか随分感情が籠もっていたような気がするけど」


 昔、殺し合っていた仲です! ……なんて、言える訳もなく。

 この時点でどう言い繕っても、不自然。

 何せ自分は今日この瞬間、二人のことを知ったのだ。

 今更どの面下げて言い訳できるのだろうか。

 こうなってはもう一つの時空間魔法を使うべきか、とシャルハートは大真面目に考えていた所、助け舟が出されることになる。


「はい、それでは次の組! こちらに来てください!」


 神様がくれた助け、とでも言うのだろうか。

 シャルハート達の組が呼ばれたのだ。

 この勢いを逃すわけにはいかない、となるべくお気楽感情でアリスへ笑顔を向ける(誤魔化しを入れる。


「ごめんなさい! ちょっと動揺してしまいました! それよりも呼ばれましたね! 早く行きましょ!」


 足早に去るシャルハートの背中をじっと見つめるアリス。

 不思議な子だ、というのがアリスの感想である。

 何か力を秘めているというのに、それが伝わってこない。

 そして、自分達の事は知らないくせに、アルザとディノラスに関して何か知っているような風を見せる。


「ふふ、面白すぎるでしょ」


 こんなの、興味湧かない訳がない。

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