第34話 義姉からの呼び出し

「姉から手紙がきた」

「うん」

「姉がメーラに会いたいと言っている」


 結婚前後も一度も会ったことのないレイオン唯一の親族、姉のピスティ・エヴグノモスィニ伯爵夫人。

 御挨拶を一度もせず、ましてやお手紙すら出していなかった。あちらからすれば連絡こいやなところだろう。ここは姉弟間の仲もあるから、土下座覚悟で向かうしかない。


「うん、行こう」


 義姉は我が国エクセロスレヴォ南端のゼスト盆地に居を構えている。南の隣国パノキカトと交易を行いながら、南側の国境警備の一助として存在するエヴグノモスィニ伯爵の妻として腕を振るっているとレイオンが説明してくれた。


「どうかしたか?」

「ううん」


 じっと見てたら、首を傾げてこちらを見る。相変わらずの無表情だ。

 春先の私の誕生日から時間も過ぎて夏になってしまったのに、あれ以降レイオンから目立った変化はない。

 寝惚けていないのにキスしてきたから、てっきり告白でもあるのだろうかと身構えていたらなにもないし、それ以降意図してキスもされない。

 前よりは表情の僅かな変化が分かるようになったけど、基本いつも通りの無表情で拍子抜けだった。あんなに盛大に誕生日を祝ってくれて焼きもち焼いてると言われれば、少しは好意があるんじゃないかと思えたのに、何事もなかったかのような形になっている。


「……」


 ちょっと不満、だなんて思っていない。


* * *


「暑っ……」

「無理はしないように」

「うん」


 内陸で盆地、南側ということもあり暑さが強い。屋敷は山の中腹だから夏が来た今でもそこそこ涼しく快適だったのに、なぜかここでは太陽光を鋭く感じた。


「今度来る時は夏を避けよう」

「そうだと助かるわ」


 盆地の中で一番大きい屋敷に義姉家族はいた。

 馬車から降りた私たちに真っ先に駆け寄る笑顔の女性……え、笑顔? レイオンの姉っていうからてっきり同じ無表情系がくると思ったけど全然違う。むしろ感情豊かだ。


「レイオン!」

「姉上、お久しぶりです」


 当主は玄関前から動いていなかった。歩みを進め、目の前に来てレイオンは静かに声をかけた。


「伯爵、ご無沙汰しております」

「こちらこそ結婚の祝いに伺えず失礼した」

「いいえ、本来ならこちらがご連絡をするべきでした。急遽伺う事になり申し訳御座いません」

「構わないよ。私も会いたかった」


 君が謝る事ではないと伯爵は言う。爵位を考えればレイオンのが上だし、なにより問題は私だったわけで。

 そんなレイオンと義姉は六歳差、義姉と伯爵の年齢差は一回り違うと聞いている。

 そのせいか落ち着いた態度で、手紙の一つも送らなかった私に対しても敵意を感じない。

 挨拶をして客間で談笑してても終始にこやか。

 一通り話を終えると、廊下からばたばた盛大な音がして扉が開いた。


「れー兄がきてるってほんと?」


 小さな顔がひょっこり出てきた。


「パン、部屋に入る時はノックだ」


 続いてきたのは落ち着きのある男の子、その後に笑いながらついてきた一番年齢が上っぽい男の子、合わせて三人の子供が、伯爵の許しを得て入ってきた。

 上から、長男セリスィ、次男オリゴロゴス、三男パンタシア、ここにはいないけど最近長女が生まれてその子はセラピアというそう。

 最初にレイオンに世継ぎがどうこう話した時、四人いると聞いていたけど、上の子は十一歳だからまだしも下の小さな子たちがその話を知っているとは思えない。


「ん?」


 次男オリゴロゴスにじっと見上げられる。七歳の子供には見えないぐらい静かだ。


「オーリィどうした? 何も言わないんじゃ、ディアフォティーゾ辺境伯夫人に失礼だぞ」


 長男は快活だけど、弟の面倒見もいいしっかりさんぽい。

 オリゴロゴスと視線を合わせる為に膝をつくと真っ直ぐこちらを見てきた。


「ディアフォティーゾ辺境伯はとても美しい人と結婚したのですね」

「ふお」


 初っ端から口説きにかかってくるなんて恐るべしだ。

 子供の割に落ち着いている次男のオリゴロゴスはあまり大きく反応がない。最初の一言は驚いたけれど、義姉の子供なのにレイオンに似ていて微笑ましかった。

 あ、レイオンが口説くってなったらこんなかな?


「おっふ」


 想像したら破壊力がすごいので急いで振り払った。私とオリゴロゴスの様子を見て義姉が楽しそうに顔を綻ばせる。


「ふふふ、次男は正直なのよ~」

「あ、ありがとうございます」

「メーラ」


 頭上から降ってくる言葉に立ち上がり見上げると、無表情ながら納得がいかない様子のレイオンがいた。

 私の指先を手に取り、剣を持つ故のかたい指先で私の指を撫でる。なんだろ?


「レイオン?」

「……」


 なにも言わずに指先を撫でるだけ。もう片方の手が伸びて私の後れ毛に触れ整えてくる。


「レイオン?」


 あまり人前で触れるものではない気がする。子供たちもじっと見てきてるし、なぜか義姉は頷いて嬉しそう。そして閃いたとばかりに両手を叩く。


「折角だわ、レイオン。子供たちに剣を教えてあげて」

「分かりました」


 やったと喜ぶ子供たちは慌ただしく駆けていく。

 伯爵は一旦席を外し、私と義姉もその様子をテラスから見る形になり女子会が決まった。

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