第23話 憧れの聖女様とご対面(前作キャラ出演)
寒くもないし疲れてもいない、ましてや何か恐ろしいことが起きたわけでもないのに。
自分の手を握り、震えを止めようとしていると、レイオンが不思議そうに覗き込んだ。
「メーラ?」
「あの! ちょっと! トイレに!」
「……ああ」
あまり納得していないレイオンから距離をとった。
今彼と手を合わせたら震えているのがバレてしまう。彼のことだから、これ以上ここにいるのは私の精神衛生上よくないと判断して早々に退出する流れになるだろう。
シコフォーナクセーの社交ですら断念しかねない。それは阻止したかった。
「ふう」
裸族も受け入れてあまつさえ付き合ってくれ (というかレイオン自身が裸族デビューしてるのだけど)、快適に過ごさせてもらっている分、なにかを返したかった。普段見ることのないレイオンの姿を見たかったし、もっと彼を知りたいと思い始めての私からのお願いだ。
「領主様が結婚するとは思わなかったな」
「ああ驚いたわ」
騎士たちが笑いながら話す内容は私とレイオンのことだった。
思わず隠れて聞き耳を立ててしまう。私たちがいないのをいいことに好き勝手言い放題だ。
私より若い女性を選べばよかったとか、無理矢理結婚させられたとか、私が社交にも出ず女主人としての働きもしない
「聖女候補だから?」
「聖女でもないなら、ただの令嬢だろ?」
「いまだ聖女を崇める一部の貴族がいるんだ。聖女候補にだって需要あんだろ」
「それにしたって奥様選ぶ必要あるか? 晩年の聖女候補選べば若いのに」
私自身が言われるのは覚悟の上だし、女主人や妻として役割を果たしていないのに、ここに視察に来たことをとやかく言われるだろうことは分かっていた。けどレイオンまで言われる必要はない。
仕事ばかりで女性のことを知らないから騙されるとか、三年前のパノキカトの住民避難と復興支援という英断ですらビビってその程度しかできなかったとか、ましてや彼自身の人格がどうこう言ってくるのはおかしい。
レイオンは日々領地回りもこなして主として尽力してるのに。我慢できなかった。
「夫を悪く言わないで下さい!」
「げ、奥様……」
「旦那様は貴方方の生活と、この国境線を守っています。三年前のことは英断でした! 私を利用して旦那様を悪く言うのは違います! そうでしょう?!」
「お、奥様」
「だから、」
「どうした」
静かに響く声に振り向くとレイオンが立っていた。少し眉根を寄せている。
「妻に何をした」
纏う空気が違う。怒っているの?
周囲が青褪め緊張をしているのを見て、彼が無表情を超えた感情を見せたのだと分かった。
「旦那様、違います」
「なにを」
「私、緊張で彼らに弱音を吐露してしまって……彼らは私の話を聞いて下さっただけです」
「君の大きな声が聞こえた」
「ちょ、ちょっと、感極まっただけです」
概ね嘘ではない。声が大きくなったのは感極まってだし、彼らは私の主張を聞いていただけ。
「さあ、もう行かないと。シコフォーナクセーの辺境伯夫妻を待たせるわけにはいきません」
「……分かった。メーラがそう言うなら」
渋々感が半端ないけど、私から彼の手をとったら頷いてくれた。私から手をとるなんてマナー違反だったかな。
「何かあったら私に言うように」
「はい」
指先の震えはなくなっていた。
* * *
「ついに!」
国境武力視察を終え、隣国シコフォーナクセー国境ディケオスィニ辺境伯領、エピシミア辺境伯の住まい、巷では魔王城と呼ばれる場所に着いた。
元々イディッソスコ山には多くの魔物がいたところ、シコフォーナクセー側に当時の聖女現エピシミア辺境伯夫人が城を建てた。その城に魔物が住み着き出入りし、聖女様がここで力を振るわれた結果、魔王城という名前がついた。まあ聖女様が強すぎただけで魔王と呼ばれているけど、聖女様のカリスマがすぎるだけだ。
ちなみに聖女様は城建築後、多くの刺客を蹴散らした後、南の隣国パノキカトに現れた精霊の暴走を止め、聖女を指名する存在精霊王に聖女の位を返還し、当時のシコフォーナクセー国第三皇子である現エピシミア辺境伯と結婚された。とても有名な話である。
「メーラ、無理はしないよう」
「大丈夫」
立て続けにきたから心配してるよう。無表情の中には緊張すらなかった。本当にさっき怒ってたのかな? 見間違い?
エピシミア辺境伯夫妻の住まいは見た目本当に城だ。シコフォーナクセーの王陛下もよく城の形で残すことを許してくれたなと思う。通常国の力を見せるという点で王城以外の城建築は許されないはずだ。
「ゾーイ達は部屋に待機している。何かあればそちらに」
「はい」
今日はこの城にお泊まりだ。
まさかの聖女様のお宅にお泊まり。それだけでもう感情どうしたら。
「どうかしたか?」
「え?」
「いつもより落ち着きがない」
「ぶふっ」
ばれている。隠していたのに。
「えーと……私、愛読書が聖女様の自伝って言ったでしょ?」
「ああ」
「なので、生で聖女様に会えるのが楽しみで……ファンというやつです」
「そうか」
聖女教育は辛かったけど、誰かを癒したり外交社交で各国と友好関係を築いたり、存在だけで救われる聖女様のような人物に憧れがあった。
聖女を辞したとはいえ、私みたいなファンは沢山いる。それは聖女様がその品格を失ってないということだ。聖女の位を返しただけで、聖女としての力は健在で、たまに来る刺客を蹴散らしていると聞く。さすが聖女様、格好いい。
「すぐに会えるな」
「緊張する」
そうか、緊張するのかと反復するレイオンが少し嬉しそうに見えた。見上げると目元だけ弛ませている。
「なにかいいことでも?」
「君の好きなものが知れて嬉しい」
頷いて応えてくれた言葉が頬に熱を灯す。
「前に愛読書の話したし」
「そうだな」
この人に嬉しいって感情あったの。すごく失礼なのは分かってるけど、そんな急に言われたら戸惑うだけだわ。
「メーラ」
「はひっ」
挨拶に向かった先はエピシミア辺境伯夫妻だ。西の隣国シコフォーナクセー第三王子殿下と南の隣国パノキカト最後の聖女というビッグカップルが目の前にいる。
「ディアフォティーゾ辺境伯」
「お久しぶりです、殿下」
「もう殿下じゃないと言ってるだろ」
「失礼しました、閣下」
どうやらよく知る仲らしい。
我が国エクセロスレヴォの王太子とシコフォーナクセー王女殿下が結婚される以前の各国の交流で知り合い、そこから関係が続き、三年前の精霊暴走事件や、その後の領地同士の関わりから親交深いらしい。
「結婚したとは聞いていたが」
話を振られ慌てて礼をとった。
名乗りをあげると聖女様共々微笑んで……聖女様が微笑んで!
「!」
あああ生聖女様美しい! 存在が眩しい!
生で拝んだことなかったから刺激が強すぎて目眩がする。
生きてて良かった! 聖女を辞しても変わらない品格! 色々浄化される! 好き!
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