第2話全ての始まり
ロザリーが皇女の後を追って行くと、彼女が振り返る。キラキラと、窓から降り注ぐ陽の光を反射して眩しい。
「ロザリーは、彼のことどう思っているの?」
「どう、とは?あと、危ないので後ろ向きに歩かない方がよろしいかと」
「はぁい」
ロザリーは真面目ね、なんて何度も言われたような言葉をかけられる。貴女が怪我したら悲しいからですよ、と声をかけると嬉しいような悲しいような表情をエルフリーナはする。そして、くるりと回ってロザリーに背を向けた。
「ノアは異性として好き?」
からかうような声音で彼女は問うた。
「好きではありません。全然好みではありません」
ロザリーは、奴とそういった関係になりたくもないと言う思いをもって噛み付くように言った。
エルフリーナからは見えていないだろうが、ロザリーは苦虫を噛み潰したような顔をした。誰があんな不躾で、無口でやる気のない男を好きになるというのだろうか。
「あら結構彼、わたしのお友達から人気なのよ?」
「左様でございますか」
興味なさげにロザリーは答える。あんな男が誰から求婚されようが、好意を向けられようが自分には関係ない。だが、この主はここ数年何故か、ロザリーとノアをやたら恋人にしたがるのだ。
ロザリーの好みはもっと筋骨隆々として背の高い男性だ。だからノアなんてヒョロっこいヤツは好みでもなんでもない。
正直言って、困ったものだという言葉以外何も思い浮かばない。"あれ"とは幼なじみかつ同僚以外の何物でもないというのに。
本当は、成長するに従って男性らしくなるノアにどこかドキリとさせられている、とロザリーは認めたくなかった。
からかうのが楽しいのか、くすくすと皇女が笑う声が聞こえる。これ以上この話題はまずいと、ロザリーは思った。何か話題をそらす物は無いかと見渡すと、手にもつ箱に目がいった。
「ところで、エルフリーナ様」
「なぁにわたし騎士様?」
「この箱には何が入っているのですか?」
「あら、それはもちろん隣国の王子様からの贈り物よ」
「では、なぜ騎士の詰所にこの荷物が...」
疑問をそのまま口にする。普通ならば騎士の詰所などではなく外交の部署辺りが取り扱う物だからだ。いかにも不思議だと言わんばかりのその言葉に、エルフリーナはくすりと笑う。
「それはね、隣の国がなんだかきな臭いらしいからよ」
声音は明るいと言うのに、振り返ったエルフリーナの瞳は笑っていない。大方ろくでもないことなのだろう。
「隣国の王子様はわたくしのでことが嫌いなんですって」
「エルフリーナ様のことが?」
「そう」
寂しそうに言う。他の国を探しても見つからないほど美しく賢明なこの少女を嫌う理由がどこにあるのだろうか。ロザリーは考える。けれど、答えは見つからない。逆に、完璧な皇女が疎ましいのかもしれないとロザリーは思う。
女性でも継承権のあるこの国と違って他の国での女性の地位は低いらしいから。
「ふふっ、ロザリーは優しいわね。そんな難しい顔をしなくてもいいのに」
エルフリーナの手がロザリーの頬に伸ばされる。
「くだらない理由よ。ただ彼が運命の人を見つけてしまったってだけで。それも、成り上がりの男爵様の令嬢に恋してしまったってだけよ」
「つまり…」
最も考えたくないことが頭に浮かぶ。それを振り払おうとするが上手くいかない。言わないで欲しい、そんな考えなど知ってか知らずか、彼女は言った。「婚約破棄して欲しいんですって」、と。
「そんなことをしたら王位継承権は下がるのでは無いですか?彼は貴女様との婚約があるからこそ継承権一位を獲得できているのですから」
「そうなのだけど、彼女との間に『真実の愛』とやらを見つけたらしいの」
だから私は必要ないらしいのよ、と彼女は寂しそうに言う。そこに恋愛感情などがなくとも一応は婚約者だったのだ。それなのに相手は自分勝手な理由の為だけに婚約を蹴った。
王族として、民を守るものとしての義務で行われた婚約に「王族としての務めを果たすだけよ」と幼いながらも答えたエルフリーナとの婚約を。
ロザリーはふつふつと湧く怒りを拳をぎゅうと握りしめて耐える。
「つまり、継承権を放棄すると」
十数秒、間を開けてロザリーは問う。
「いいえ、彼、王位継承権を放棄するつもりは無いらしいのよ」
はぁ、何とも情けない声がロザリーの口から出た。この後に及んでも権威に縋りたがるらしい。
「婚約破棄の件で隣国がきな臭いとなるのは何故でしょうか?」
前後が繋がらない気がして、ぽろり疑問がこぼれ落ちる。
「それはね、わたしがその令嬢にいじわるをしているから、ですって。だから、それ相応の罰を父上、いえ陛下に求めているらしいの」
堪えられないと、ばかりにエルフリーナは笑い出す。ロザリーも苦笑を呈するしかなかった。
「お忙しい殿下がその様な子供のイタズラをするとあちらの国の方々は思っておいでなのでしょうか」
「そうなんじゃないかしら」
「この国で、聖女と名高いエルフリーナ様をそのようにお思いなのですね」
感情の欠片も乗せずにロザリーは言い放った。
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