ギャルゲーと乙女ゲーが混ざった世界でどう生きれば楽しいですか?
広瀬小鉄
第1話 転生か憑依か
目が覚めたら知らないベッドに寝ていた。
何がなんだか分からない。ただ俺の部屋にあるベッドよりも高級そうなのは確かだ。
「ぼ、ぼっちゃま! お目覚めになられたんですね⁉︎」
急に近くで声がしたので俺は驚く。声がした方を見てみるとメイド服を着た女性、というよりも少女がいた。銀髪の長い髪を一つに纏めている。幼さが残る顔からはこちらを心配する表情が見て取れる。
「お主は……?」
緊張しすぎて武士みたいな尋ね方になってしまった。美人や美少女に緊張するのは童貞の定めだ。仕方ないだろう。
「ぼっちゃま……もしかして私のことが分からないのですか⁉︎ ぼっちゃまの専属メイドのサリーです!」
「全然存じ上げないです……」
俺に専属メイドがいた事はない。いたいと願った事はあるのだが。しかし本当に状況が分からない。誰か説明して欲しい。
「ぼ、ぼっちゃまがおかしくなってしまいました……! だ、旦那さま〜!」
しかし俺の願いも虚しく、サリーと名乗ったメイドは悲鳴を上げながらドタドタと部屋を出て行ってしまった。
俺はとりあえず寝ていた上半身を起こす。すると自分の手が目に入ってくる。
「俺の手がチャーミングになっとる⁉︎」
それから慌てて自分の身体を確認すると明らかに普段の自分の身体では無いとわかる。パッとみた感じ十歳くらいだろうか。
「転生……? もしくは憑依……?」
転生したのか、憑依したのかは分からない。ただこれは間違いなく異世界転生という奴だろう。そうしてしばらく現状を確認していると再びドタドタという音が聞こえてくる。
「ゼイド! ゼイド、大丈夫なのか⁉︎」
「ああ、ゼイドちゃん! なんてこと⁉︎ 大丈夫なの⁉︎」
部屋に駆け込んで来たのは三十代くらいの髭を生やしたイケメンと二十歳くらいの若い女性だった。どちらも見覚えのない二人だ。
「えーと……」
俺が戸惑っていると男の方が落ち込む。
「ああ、なんて事だ。サリーの言っていた通り記憶が無いのか……ワタシはお前の父親のゼブルド・スペードフーガだ!」
「そんな……わたくしのゼイドちゃんが……ママの事も覚えて無いの⁉︎ シノリア・スペードフーガよ⁉︎」
彼らは俺の全然知らない名前を名乗る。と思ったが、何となく聞き覚えのある名前の様な気がした。
「ゼイド・スペードフーガ……」
俺は自分の名前を呟く。そうするとパズルの最後のピースがハマったような感覚がした。ゼイド・スペードフーガという名前を俺は知っていた。
「(ギャルゲーの悪役じゃん……!)」
俺が前世でプレイしたことのあるギャルゲーの悪役キャラの名前が「ゼイド・スペードフーガ」だ。魔王の復活に乗じて自分の住む王国をめちゃくちゃに破壊するイカれ野郎だ。
「どうした、ゼイド⁉︎ 顔色が悪いぞ! サリー、急いで医者を呼んでくるんだ!」
「は、はい! かしこまりました!」
俺の顔色を見て再び具合が悪くなったと勘違いした父親がサリーに医者を呼びに行かせる。しかし俺はそれどころでは無かった。
「(おいおい、何でよりによって悪役なんだよ……! 主人公は無理でもモブって選択肢もあるだろ……!)」
ゼイド・スペードフーガは最後は勇者である主人公に殺される。ちなみに全ルートで殺される。必ず首チョンパである。ゲームをやっていた時は「ざまぁ」と思っていたが、自分が当人になったのならそうはいかない。
「ゼイドちゃん……無理しないで良いからね。辛かったら寝てなさい」
母親が俺を心配して優しい言葉を掛けてくる。
「うん……」
現実逃避したい俺は再び眠る事にした。ベッドで横になる。しかし目覚めたばかりだからか全く寝れそうな気配がない。そうしている内にサリーが医者を連れて戻ってくる。
「お待たせしました、旦那さま!」
「まずぼっちゃまの様子を確認致します」
医者は俺の前に立つと身体をチェックし始める。不愉快だが我慢するしかない。そうしてしばらく医者の言う通りにしていく。
「意識は正常です。身体的にはどこも不具合はありませんね。ただ……」
そこで医者は言い淀む。すると父親が食いついてくる。
「ただ、なんですか⁉︎」
「倒れたショックで記憶を失ってしまったのでしょう。こればかりは私たちでは……」
「なんてことだ……」「ああ……そんな……」
医者の宣言に父親と母親はショックを受けた様にふらつく。メイドのサリーも驚いている様だった。
「ではぼっちゃまの記憶は……?」
「日常生活をしていて不意に思い出す可能性はあります。ただ無理矢理思い出させようとすると再び頭に負担を掛けてしまう危険性がありますので……」
医者の言葉に真剣な顔で頷く三人。そしてしばらくの沈黙があってから父親が話し出す。
「まずはゼイドが無事だった事を喜ぼう。記憶が無くなったのは悲しいが、思い出す可能性もゼロじゃない。それにこれからまた新しい思い出を作っていけば良い」
父親のイケメンな台詞に母親とサリーが涙ぐんで頷く。俺も雰囲気に合わせて頷いておく。
「そうね……ゼイドちゃんが無事だったのだからそれで十分よ」
「私もこれからより一層、ぼっちゃまのためにご奉仕致します……!」
そうして決意をした三人は一時間程、俺と話して部屋から出て行った。そして部屋に一人になってようやく俺は一息つく事ができた。
「ゼイド・スペードフーガか〜」
悪役に転生した時はショックを受けたけど、幸いまだ原作の何年も前だ。これなら原作を変える事も簡単だろう。という事であんまり原作は気にしない様にする。
断罪だけはされない様にゆるふわに生きれば何とかなるだろう。幸いスペードフーガはこのクラン王国でも最上級の貴族である公爵だ。普通に生きていれば一生安泰である。ビバ金持ち。
それにゼイドは悪役キャラという事で才能は高かった。魔法は勇者しか使えない光属性を除いた全ての属性に適性があった。空間魔法による転移もできたし、剣術、体術、成長促進など何でもござれの超人だった。ついでにイケメン。まさに性格以外は完璧な存在だったといえる。むしろその完璧さのせいで悪の道を進んだのだが、それは置いておこう。
原作ではキャラクターたちは自由に自らのステータスを見れたはずだ。という事は俺も自分のステータスを見る事ができるはずだ。
「ステータスオープン」
そう呟くとステータスウィンドウが目の前に出てくる。本当に出てきた事に俺は驚く。このステータスウィンドウは自分以外の他人には見えないシステムとなっている。教会など然るべき場所に行けば他人でも見れるようになるのだが。
「……ん?」
しかしステータスを見て俺は混乱する。思っていたステータスとは違ったものが表示されていたのだ。
名前:ゼイド・スペードフーガ
年齢:10
レベル:1
魔法:次元1
スキル:剣術1、体術1
称号:転生者(他者閲覧不可称号)
「魔法の適性がおかしいぞ……?」
原作のゼイドは魔法は光以外全属性使えたはずだ。それなのに俺のステータスには「次元1」と書いてあるだけだ。魔法の適性は余程の事が無ければ増やす事はできない。つまり俺は原作のゼイドと違って全属性使えないという事だ。
「なんてこったい!」
やはり転生する時にトラックに轢かれた訳でもない、女神に会った訳でもない転生弱者の俺にはチートなど無いのだろう。悲しさのあまりお漏らししそうだった。
しかし可能性はまだある。原作ゼイドになかった次元魔法というものが使える様になっている。もしかしたらこれは空間魔法が変化したものかもしれない。転生して次元を超えたから空間魔法が次元魔法に変異したとか。
これがチート能力じゃ無かったら俺は終わりだ。そうなったら無能公爵令息として親のスネを齧るしかない。むしろその方が楽そうな気がしてきた。
「地味に成長促進もないし……あとゲームと違って魔力とか筋力みたいな数値は出ないんだなぁ」
ゲームでは各キャラのパラメーターまで出ていたが、こちら側ではそれが無いようだ。この世界はゲームと違って現実なので色々と違いはあるのだろう。
「てかすでに原作が大きく崩壊してるじゃん……」
よくよく考えたらステータスが原作ゼイドと大きく違うってことは原作崩壊と言っても過言ではない。それに俺は少し気が楽になるのだった。
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