第2話 魔女の旅立ち

 私、アリエンナには幼い頃から不思議な力があった。


 怪我や病気を治す力、動物や魔物と心を通わせる力、男性を興奮させる力、世間では魔法と呼ばれ、迫害される力だ。


 いつの頃だったか…転んで膝を擦りむき泣いている私を見た母が「痛いの痛いの~飛んでっけー!」と笑顔で呪文を唱えてくれたのを覚えている。


 娘が泣いているのに笑顔なのはどうかと思った。



 私が12歳の時、近所の男の子が「結婚してやるよ。お前なんてどうせ誰も貰ってくれないだろ?」と顔を真っ赤にして言ってきた。


 イラっとしてその子を棒でブッ叩いたら怪我をさせてしまい、気休めにでもなればと例の呪文を唱えると、その子の怪我はみるみるうちに治ってしまった。


 次の日からその子は口を聞いてくれなくなった。どれだけ話しかけても、頭を小突いても腹パンしても、無言だった。


 私は悔しくて泣いたのを覚えている。


 何で私を無視するの? 腹パンしたんだから「ゔっ」くらい言えよオラ。


 更に次の日、近所の子からいじめられた。勿論私は優しいので、全員を棒でブッ叩いてから治してやった。そもそも女の子に対して「どーせ結婚出来ない」と言う奴が悪いのだ。


 それ以降、近所の子は皆私を無視するようになる。


 こんな事になるのなら、もう少し強めに叩いておけば良かったと後悔した。



 母は美人だった。近所の男性はみんな母が好きで、母が近くにいるだけで男性は前かがみになる。


「おじさんはどうしてお母さん居るとそんな態勢になるの?」


 そう片っ端から大人の男たちに聞いて回ると、誰も彼もが目を逸らして無言を貫く。


 大人までもが私を無視するようになったのだ。



 そんな私だが寂しくはなかった。不思議な力に興味津々で、色々と力の使い方を試す事に没頭していたのだ。その力を魔法と呼ぶのだそう。


 14歳になる頃には自分の持っている魔法の使い方をしっかり理解していた。


 例えば『回復魔法』だ。魔物や動物を力いっぱいブッ叩いて治す事を繰り返すと、徐々に回復魔法の効果は強くなっていく。そして彼らは私の言う事を聞くようになる。人間以外と心を通わせる事が出来るようになったのだ。


 きっと私は、魔物や動物たちに好かれる性質を備えていたのだろう。どうも相手が弱れば弱る程効果があるようだ。この魔法に『みんな友達』という名前を付けた。


 他にも…自分の体を男にすりつければ、彼らは極度の興奮状態に陥るのだ。この力に関してはきっと母譲り。最近では何もしなくても発動している事があるみたい。この魔法には『元気いっぱい』と名付けた。



 現在16歳の私は、いつしか『魔女』と呼ばれるようになっていた。


 魔法が使えるからだろう…誰もが私を無視したり、嫌味を言ってくる。確かに私は魔女かもしれないが、心は次亜塩素酸ナトリウムにだって負けないくらい綺麗なのに……。



 ある日の事…。


 家の近くで怪我をしている冒険者の男性を見つけた。


 彼は自らの足で立って歩くことが出来ないようで、私は心配になり尋ねる。



「大丈夫ですか?」


「あぁ…魔物にやられちまってね。」



 それは大変だ。近隣の魔物は、私が全力で二発ブッ叩かないと倒せないくらいに強いのだ。



「治療しますので、そのまま楽にしていて下さい。」


「すまねぇ。」



 私は冒険者の男性に身を寄せ「痛いの痛いの飛んでって。」と耳元に囁く。


 すると男性の怪我はすっかり治ってしまい、目をギラつかせ極度の興奮状態になって私に襲い掛かってきた。


 私は驚いてしまって…男をそこそこの力でブッ叩いた。


 男は隣の家の壁に背を打ち付けて、礼も言わずにヨタヨタしながら逃げて行く。壁には人型の跡が付いていた。


 咄嗟に力が入ってしまったが、無事なようで良かった……。


 それにしてもいきなり襲い掛かかって来るなんて…私が一体どんな悪い事をしたというのだろう。



 その日以来、家の近所で怪我をした男性を見かける事が多くなったように思う。


 毎回怪我を治してあげても、みんな極度の興奮状態になり襲い掛かってくるのには困ったものだが……。


 都度にブッ叩いてやると、みんな逃げていく。


 加減はしてあるので、大きな怪我はないと思うが心配だ。



 一ヶ月も経つ頃には、近所の男を一通りブッ叩いた。そんな男たちの中には父も含まれている。


 父に関しては、母にもブッ叩かれたそうだ。


 男は私を見れば顔を赤らめ「魔女様だ」と言い、女は顔を顰め「魔女め」と言う。


 特に女達は、笑いながら水をかけてくる人までいる始末。勿論棒でブッ叩いた。


 私が…『魔女』が迫害されているのは明らかだ。


 もうここを出よう。


 きっとこの村では…もしかしたらこのジョガリーマ王国での魔法という力は、忌むべき力なのだろう。


 これ以上ここに居ては魔女狩リータという儀式で、モッツァレラチーズとバジルをのせて火炙りにされるかもしれない。


 『みんな友達』を使っても良いが、数が多すぎて日が暮れてしまう。それならば潔く身を引いて違う町へ行ったほうが賢明だろう。


 いつも私の味方をしてくれた母だけは気掛かりだが……。


 しかし、もう迫害されるのはウンザリだ。それに私はチヤホヤされたいのだ。



「さようなら。私の故郷。」



 涙を堪え、心を通わせた猪の魔物に乗って南の国『ドゥー』を目指す。


(悲しいけど振り返らないわ…。)


 私は誰か見送りに来てくれないだろうか…と何度もチラチラと後ろを確認した。







 途中、お腹が空いたので猪の魔物は食料になった。ありがとう。

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