第118話 備忘録CaseIX・ダンジョンエクスプローラー
『タカマガハラ』の意向を受けた日本政府が秘密裏に製造計画を始めた新兵器『
戦闘車両の延長線上にありながら、アーマードマシナリーは二足直立歩行型なのに加え、自由に動かせる両腕と五本の指を模したマニュピレーターを装備したこれまでにないコンセプトで開発を組まれた兵器だった。
技術にも『鏡合わせの世界』の物までがふんだんに盛り込まれている為、研究と開発を進めた場所が自衛隊の施設ではなく、表向きの顔は一般企業である飯井工業株式会社だ。
この会社の代表は『タカマガハラ』に連なる
『タカマガハラ』が事を起こす際に隠れ蓑として使うペーパーカンパニーとしての意味合いが強く、企業実態はほぼ偽装されたものだった。
世界有数の頭脳の持ち主であり、卓越した研究者である光宗回と飯井兼雄を中心に厄介者払いをされるように回されたアーマードマシナリーの実験廃棄機体の改良に従事していたが、肝心の動力炉問題が解決出来なかった。
ここで梃入れとして、
光宗博士の義理の息子夫婦――麗央とユリナの協力を仰ぐことに成功したのだ。
ユリナが歌う唄の力を応用したマナ・コンバーターが開発され、動力炉問題は一気に解決を見る。
マニュピレーターも麗央の協力により、ずっと精緻な動きをトレースすることが可能になった。
アーマードマシナリー試作機
公開起動実験を迎える日が近づいている。
世界は奇妙なほどに静かで平穏だった。
ユリナは『歌姫』としての活動を精力的に行いながら、ファミリーのプロデュースにも追われる多忙な日々を送っていた。
それでも夫の麗央が運営する零細チャンネルをしっかりとチェックし、見逃さない。
特に大騒動ともなった麗央との濃厚なキスシーンが含まれた流失動画の一件以来、チェックにより余念がない。
本人が思った以上にすんなりと受け入れられたばかりか、むしろ盛大に応援され、麗央に悪い虫がつく
一方の麗央は妻がそんなことを考えているなどとは露にも思わず、いつも通りの日常を送っていた。
相変わらず、匠のようにバケツ頭が抜刀術を披露するだけの地味な動画を配信している。
ユリナの心配は完全に杞憂のものであり、女性ファンは全く増えていない。
ただし、じわじわと武道に興味のある男性ファンが増えていた。
好意的なコメントがぽつぽつと寄せられる程度なのは常駐する古参の
幽霊列車零式を利用した快適な旅である。
それでなくても自堕落生活を満喫している堕落気味のイザークにとって、運動不足がさらに加速したのは言うまでもない。
筋肉質でスマートな肉体の白銀の狼はそこにいない。
丸々と太りかえって、狼というよりはもこもこした羊のような動く毛玉と言った方が近いだろう。
そのせいか、コラボレーション企画以外ではイリスにどやされながら、嫌々、ダイエット配信が圧倒的に多くなっていた。
しかし、この平穏な日にも終わりが近づく。
WACAの開始は『
協会にアウェイカーと認定された者はダンジョンに入ることを許される。
ダンジョンの管理も協会が行っており、それ以外の者は立ち入りを禁じられた。
これに伴い、罰則規定の設けられた法案が提出され、可決。
既に施行されていた。
無断で侵入した者にはそれ相応の罰が下されると分かっていながらも不心得者は多い。
だが、彼らは法に則った罰よりも恐ろしい結末を迎える。
『迷宮』に付き物なのが『あやかし』である。
ほとんどの『あやかし』は人間が存在することで自らの存在が認識される以上、表立って人間を害する行動に出る者はそういなかった。
ところが『迷宮』を出現させる『あやかし』にそのような考えはまるでない。
そうとしか思えないほどにダンジョンはあまりにも危険な存在だった。
何の力も持たない人間はダンジョンにとって、餌に過ぎないのだ。
ゆえに力に目覚めた者たるアウェイカーの出番となる。
力に対抗出来るのは力のある者に他ならない。
それは『アウェイカー』であり、『あやかし』である。
かくして『
イザークとイリスが従来のスタイルに戻るのは既定事項だった。
ユリナもそのつもりで二人にのんびりと過ごさせていたのだが、イザークはとことん堕落に弱い質だったらしく、自堕落の沼に浸かっている。
『歌姫』としてのプロ意識だけではなく、麗央に見てもらいたいと常に美を磨く意識の高い
しかし、世界各地に既にダンジョンは出現している。
力の無い者にもはっきりと認識されるほど強力な『九十九島の大迷宮』のような危険極まりないダンジョンはまだ確認されていなかったが、その数は日増しに増していた。
「お兄様。そろそろ、その余り切った余分な肉をどうにか、した方がいいんじゃない?」
「そ、そうであるか?」
ユリナに背筋が凍るような冷たい瞳で見られ、思わず目を逸らしたイザークに
丸々と肥えた肉体は元来、楽天家で何も考えないイザークであっても看過できないほどに育っている。
「最近、歩きにくいのである」からの動かないことでますます、酷くなった。
「私とレオもそろそろ、ダンジョン探索ライブをしてみようと思うのよ」
「な、なに!? お前達もするのであるか。それは聞き捨てならないのである」
「大丈夫よ、お兄様。私は本気を出さないから」
「そ、そうであるか……用事を思い出したのである!」
妹が口角を僅かに上げ、唇を三日月にしている時はろくでもないことを考えている時に他ならない。
共に過ごした時が長いだけにそれを知らないイザークではなかった。
「何か、企んでいるのである」とイザークは慌て、ダイエットに真面目に取り組むことを決めた。
「急にどうしたのかしら?」
ユリナは小首を傾げ、少し考える素振りを見せたものの「動くのは悪くないわね」とすぐにそれ以上は詮索しない。
彼女にとって、大事なのは麗央と
むしろユリナはそこしか、考えていない。
「いいことを考えたわ」
「何をだい?」
「ひゃあ!?」
麗央に花を持たせ、かつ自分をか弱く見せるのに最適な名案を思いつき、ユリナが思わず口にする。
麗央が不意に現れ、ユリナの三つ編みおさげがびっくりしたあまり、ぴょこんと跳ね上がる。
彼女の長い髪は時に生きている蛇のように動き、感情表現を伴うのだがいつになく、大袈裟な動きだった。
「べ、別に……大したことじゃないのよ?」
互いに隠し事はしない。
『歌姫』の仮面。
『女王』の仮面。
様々な仮面で心の素顔を隠すことに長けているユリナだが、麗央の前では全く、それが出来ない。
あまりにも分かりやすい反応を示すので少々、天然気味の麗央でも気が付くほどだ。
「それなら、いいけどさ。俺に任せてよ」
「う、うん」
ユリナは「そういうことじゃないんだけど!?」と思いながらも麗央の真っ直ぐな瞳に見つめられ、実に男らしい宣言をされると何も言えなくなった。
ちょっと前までは彼を弟のように「負け惜しみ~」と揶揄いつつ、じゃれ合うのが普通だったのにどうにもおかしいと感じていた。
「あの時からかも……」と水着で触れ合い、互いの熱を確かめるように交わした口付けを思い出し、ユリナの顔が熱を帯びる。
「大丈夫? 顔が赤いけど」
「な、な、なんでもないから」
顔を覆うと逃げるように走り去るユリナの後姿を見送り、麗央は不思議そうに首を傾げた。
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