第115話 先見の明を持ちしモノ①
いくら麗央の育ての母のような存在が関与している場とはいえ、公の場である。
それにも関わらず、二人の距離は零に限りなく近い。
今にも大人の口付けを交わしかねない甘い雰囲気が漂い、互いの姿を捉える瞳は愛する者しか映っていなかった。
見つめ合う二人の唇が今にも触れ合わんばかりに近付いた瞬間だった。
「ふぉふぉふぉ。そうでしょうとも。男の子はみぃんな、だぁいすきですよ」
不意に聞こえた不審な男の声に麗央は警戒感も露わにユリナを庇うように背後に隠した。
それはユリナの肌を人目に晒したくないと考える独占欲に塗れたものと言えるだろう。
例え、そうであったとしてもユリナは気にしない。
彼女は麗央から向けられるものであれば、どのような視線であろうとも喜びを感じる厄介な性癖をさらに拗らせている。
ましてやそこに
恋する乙女の如く、
実際には何者かは分からないが潜んでいることにとうに気付いており、「どうやって料理してやろうかしら?」などと物騒な考えを巡らせていたことをおくびにも出さない。
「誰ですか、あなたは?」
大柄で均整に鍛え抜かれた体を持つ麗央は普段、相手に威圧感を与えないよう気遣った物言いをする。
それは誰に教わった訳でもなく、見本となる周囲の大人を見習い、成長してきた証でもあった。
その麗央が若干の怒りが混じった剣呑な空気を隠そうともしない。
己の油断が招いた後悔の念がそうさせているとも言えた。
「なあに。自分は
男は全身黒尽くめである。
頭から爪先まで纏った物が須らく、黒で統一されていた。
頭に被った
肝心の男自体は対照的なほどに白いとしか、形容出来ない容姿をしている。
肌が抜けるように白いのではない。
病的な血の気を感じさせない青白さに近かった。
麗央が百八十を軽く超え、ユリナですら百七十以上と高いのもあったが、男の身の丈は彼らの肩にも遠く及ばない。
手足も短く、胴回りもふくよかで顔は酷く、
二人のプロポーションとあまりにも差があった。
男が背広の懐に手を入れ、視線をさらに厳しくした麗央だったが取り出された紙を見て、態度をやや軟化させる。
「自分はこういうモノでございあすよ」
「なるほど……どうも」
男が取り出したのは名刺である。
ユリナよりもそこそこ日本の文化に慣れ親しむ機会が多かった麗央は使う機会こそ、なかったものの名刺を知っている。
何の警戒心もなく、受け取ろうとしてユリナに袖を引かれた。
「レオ、危なくないの? 私のファトゥムにそっくりじゃない」
「あぁ。これは名刺だから」
「名刺?
ユリナは物心がつき、大人になるまで『鏡合わせの世界』で暮らしていた。
愛らしい見た目で誰からも愛される『お姫様』だったユリナは外見に反し、意外にも行動的だった為、勝手に城を抜け出すことも多々あった。
それゆえ、『お姫様』でありながらも民の一般常識といった物にもそれなりに精通している。
問題は彼女の育った地があまりにも特殊な為、世間の常識との剥離が尋常ではないことだ。
残念ながら、ユリナの辞書に『名刺』という概念はなかったのである。
同じようなサイズの魔道具を戦闘時に使用している。
これが問題をさらにややこしくさせていた。
ユリナが持つ魔道具――
カード型の物を見て、ユリナが警戒心を強くするのは致し方ないことでもあったのだ。
「
「ゑびすでよろしいでございあすよ」
「えびす?」
「いいえ、ゑびすで。そこはお間違いなきよう」
『ゑびす』と名乗った男は確かに信楽焼のタヌキの置物に似たずんぐりむっくりな体型をしており、目尻が大きく垂れ下がった顔の半分はあろうかという目もタヌキのように見えなくもない。
いささかの可愛さの欠片も存在しないタヌキだったが……。
それにしても『ぽんぽこ丸』とは随分と思い切った名前にしたものだと麗央は変なところに感心する。
一方、ユリナは名刺が危ない物ではないとどうやら認識したものの男の名乗った『ゑびす』という名に引っかかりを感じていた。
全国同時配信ライブで歌った際、屋敷を急襲した『タカマガハラ』の特殊部隊。
その『タカマガハラ』は現在、かつての管理者の娘にあたる
しかし、それ以前に総帥として、矢面に立っていた人物がいる。
その名が『ヱビス』だったことをユリナは思い出し、小首を傾げた。
『ヱビス』は総帥の地位を辞して以来、表舞台を去っていたからだ。
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