第99話 歌姫の愉悦と勇者の悔恨③

 ユリナはぷんすこぷんぷんと頭から湯気を出しそうな勢いで怒ってはみたがはたと気が付いた。

 麗央に舐められても構わない自分が確かにいると……。


 料理で指先を傷つけた際、麗央がすぐに指を舐めてくれた時、どう感じたのかを思い出した。

 指先を舐められるのと比べるのはおかしいと考える自分がいる一方、麗央になら何をされても構わないとも考えた。


 日課となっている秘め事で目隠しをされた状態で何をされているのか。

 性知識がなくても察せらないほどに子供ではなかった。

 遠慮がちとはいえども、麗央の力強い手で直に双丘を揉まれている。

 それが一度ではなく、何度ともなれば、いくら鈍いユリナでもさすがに気付く。


 ただ、麗央の知識と経験もほぼ零である。

 たわわな二つの果実の軟らかさを楽しむことに夢中となるあまり、果実の先にある汚れを知らないピンク色の蕾をどうにかしようとは思いもしなかっただけに過ぎない。

 例によって例の如く、が余計な知識を授けたばかりに麗央は妙なことを言い始めたと言っても過言ではなかった。


「あ、あれはそういう意味じゃないんだ」

「じゃあ、どういう意味なの?」

「それは……その……リーナを俺だけのものにしたいって思ってさ」


 茹蛸のように真っ赤な顔をして、ぶっきらぼうにそんなことを言われると怒っていた自分がまるで大人気おとなげないと思い直したユリナは機嫌を直すことにした。

 のような言われ方をすると妙にこそばゆく感じるが、悪くない。

 むしろ幸福感が漲ってきたようにも思えたからだ。


 しかし、だけではなく、戸籍上の年齢でもユリナの方が年上である。

 年上の大人の女性らしい余裕を見せるべきだと考えた。


「分かったわ。仕方ないわね」

「じゃあ!舐めてもい……」

「それはダメだからね? 今日も一緒に寝て上げるんだから、感謝して」

「あ……はい」


 あからさまに落胆する麗央の様子に悪いことをしたと思いつつもそれとこれとは話が違うとユリナは思っている。

 そもそも麗央が胸に固執する原因が彼女には全く、思い当たらなかった。




 機嫌を直すと決めたユリナだったが、自分が全面的に敗北宣言を認めるのはどうにも我慢ならなかった。

 何か、意趣返しをしないと気が済まないと一考したユリナは、いざベッドで寝る前に着替える夜着で悪戯することに決めた。

 普段の彼女はキャミソールドレスのようなゆったりした夜着を身に着ける。

 それをしないことに決めたのだ。


「あ、あれ? その恰好は……」

「あまり、ジロジロ見るものではないと思うのよね? 見たい?」

「ごめん……見たいけど」

「見るのはいいわよ。見るのは」


 今日に限っては夜着ではなく、下着姿である。

 ナイトブラなのでそれほどにお洒落な訳ではなく、色気がある訳でもない。

 実に無難なデザインだったが、ユリナの持ち物が狂暴なだけに色気が少ないとは思えない自己主張の強さだった。

 謝りながらもちらちらと目を離せないでいる麗央を見て、ユリナの心も少しばかり、晴れたらしい。

 ユリナは偶に麗央をこうして、からかっては楽しんでいるきらいがある。


 そして、いつものように互いを抱き締めるように抱き合うスタイルでベッドを共にする。


 暫くすると軽やかな寝息が聞こえてくる。

 ユリナは既に夢の世界の住人となっていた。

 むにゃむにゃと何を言っているのか、分からない寝言を時折、口走るユリナを見て麗央は「ふぅ」と心の中で大きく、溜息を吐いた。

 「これじゃ、蛇の生殺しだよなあ」と十二分に感じられるほどにユリナの胸が強く、押し付けられている。

 腰には露わになった艶めかしくも長く、白い足が蛇のように巻き付けられている。


 麗央は下手に動けば、ユリナを起こすと気が気ではない。

 しかし、下半身の麗央はそうは問屋が卸さないとでも言いたいのか、勝手に営業を始めている。

 押し付けられた軟らかなメロンのような凶器。

 鼻からも花畑にいる錯覚を起こしかねない刺激があり、鎮まれといくら念じても勝手に自身が元気になっていく。


 ユリナが強く、抱き着いているせいで胸だけではなく、腰までほぼ密着しているのだ。

 麗央の麗央が元気になれば、どうなるのかは言わずと知れた状況になるのは明らかだった。


「んんっ……うぅ~ん」


 意図せず、反応している麗央自身が寝ているユリナの夢の世界で何らかの影響を与えているのか、彼女が鼻に抜けたような甘い声が麗央の脳の回路を焼き焦がす。

 「俺、寝られるかな」と不安を感じた麗央は正しかった。


 その夜、麗央は一睡も出来なかったのである。

 翌日、妙に憔悴している麗央を見て、ユリナが気持ち悪いくらいに優しかったのは決して、気のせいではないだろう。

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