第86話 備忘録CaseVII・提灯小僧プレゼンツ

「……ってゆーわけなんですん」


 プロジェクタースクリーンに映し出されていた『提灯小僧』を描いたノンフィクションドキュメンタリー映画がようやく、終幕となった。

 ゆっくりと流れるスタッフロールに並ぶの文字の多さにユリナは少々、不機嫌になっている。

 監督、脚本、主演全てが提灯小僧の手によるものだった。




 雷邸には麗央のたっての希望で設けられた一室がある。

 小劇場と呼んでも過言ではない規模の音響と映像設備が整えられており、映画館のプライベートルームを意識した造りになっている。

 そこで夫婦水入らずの映画鑑賞がユリナと麗央の週末行事だったが、その日は少しばかり、勝手が違った。


 前触れもなく、雷邸を訪れた客がいたからだ。

 害意も無ければ、脅威ともならない怪異だった。

 それが『提灯小僧』である。


「おいらのことが分かりやすいようにまとめてきやしたんですん」


 へらへらとした調子の提灯小僧に軽く、頭痛を覚えたのか、蟀谷こめかみを押さえるユリナとどうにか、拗れそうなこの場を取り持とうと苦慮する麗央の構図はこれまた、いつものことだ。

 提灯小僧は既に不機嫌を通り越し、苛つきのあまり室温を 無意識に下げ始めた凍てつく気を放つユリナを意に介した様子もなく、相変わらずもへらへらとしている。


「こ、この映画、君が自分で編集したのかな?」


 あまりの空気の悪さに居たたまれなくなったのか、麗央は堪らず、そう零した。

 自分がどうにかしなければ、新たな氷のオブジェが増えかねないと判断したのだ。


「そうでやんすよ。おいら、そういうの得意なんでやんす」

「ふぅ~ん」


 ユリナが少しばかり、少しばかり興味を抱いたのか、ぴりぴりと肌で感じられる殺意に似た何かが消えたことに麗央はほっと胸を撫で下ろす。


 提灯小僧はここぞとたたみかけた。

 長い年月を経て、自分のようなしがない怪異は時代の中に忘れられていったと物悲しさを漂わせながら、いささか演技じみた仰々しい身振り手振りを入れ、語る。

 一抹の寂しさを感じながらも新たな方法で人々に喜びと笑顔を届ける。

 それが自分の使命ではないか。

 そんなことを思いついたのがつい先日のことだったと涙ながらにたたみかける。

 現代に適したメディアを使い、もっと大衆にアピールする手段はないのだろうか。

 それがあったのだと提灯小僧は鼻水を啜りながら、締めくくった。


「言いたいことは分かったわ。つまり、あなたは私の力を借りて、YoTubeでデビューしたいってことでしょ?」


 麗央はユリナが相変わらず、身も蓋もない言い方をするものだと嘆息するしかない。

 それは長所であり、短所である。

 この場合、提灯小僧が飄々とした捉えどころのない性格の持ち主だったのが幸いした。


「そっす。そうなんすよ。おいら、それになりたいんす」


 「それなら、話が早いわ」と契約の構えを見せ、ユリナの態度が軟化したことに麗央はようやく、肩の荷が下りたと安心するのだった。




 本契約に入ってからのユリナの動きは早かった。

 これまで彼女がプロデュースした怪異は全て、何のノウハウも持たない言わば素人である。

 彼らと比べると提灯小僧は別物と言わざるを得ない存在だった。


 売り込みに来たのは全員、同じだったのでスタートラインは変わらない。

 しかし、どうすればいいのか分からない手探りの状態から、ユリナに助けて欲しいと救いを求めてきたと言った方が妥当だろう。

 提灯小僧はそこが違った。

 何をすればいいのか。

 何をしたいのか。

 ビジョンを持って、ユリナを訪ねてきたのだ。


「あの映画の通りだとするとあなたは受肉の必要性がないみたいね?」

「へえ。それは凄いね」

「おいらの取り柄はそれくらいでやんして。でへへ」


 ユリナは素直に感心している麗央と異なる視点で考えていた。

 ある程度の高い霊格を有していない怪異は、何ら力を持たない人間に認識されることがない。

 それがいわゆるラップ音やポルターガイストといった霊現象と呼ばれる事象だった。


 提灯小僧はそれほど高い霊格を有していないにも関わらず、大多数の人間に己を認識させることが出来ていた。

 この事実が驚くべきことであるとユリナは判断したのである。

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