第80話 師匠と弟子II②
五十六が麗央を伴い、愛車である年代物の真っ赤なローバーミニで向かったのは公園から、さして距離の無い位置にあるコンビニエンスストアだった。
「俺っちの奢りだ」と五十六が一通り、買い揃えたのはなぜか、白い乳酸菌飲料とアメリカンドッグである。
「どうした、少年」
「あ、いえ。何でそれなんだろうと思ったけどさ」
「まあ、これには俺っちの考えがあるのさ」
腹ごしらえと言っていたのに妙な取り合わせだと麗央は感じていた。
軽食と考えても取り合わせがおかしい。
暑いせいで余計に頭が働かないのかもしれないと麗央は結論付けた。
五十六の愛車にはエアコンが付いていない。
小さな丸みを帯びた車体が何とも可愛らしいローバーミニだが、その見た目の代償として快適さは置いてきたらしい。
おまけに麗央は長身でしっかりした体つきをしている。
夏の強い日差しでさながら、オーブンレンジにでも入れられた気分になっていたところ、五十六が買ってきた謎の取り合わせである。
「少年。お前さんの彼女は中々、どうして立派なモノを持っている。それは間違いない。ならば、それをもっと生かすべきだと思わないかね」
「は、はあ。つまり、どういうこと?」
車に戻ってきた五十六が買ってきた物を渡すでもなく、アメリカンドッグを片手に指揮棒でも振るような仕草を見せた。
麗央は何のことか分からずに愛妻の口癖をつい口にしていた。
口癖もどうやら、
「少年。これは何に見えるかね?」
「アメリカンドッグでは?」
「ちっちっちっ。これだから、少年は……」
そう言うと五十六は己の股間と麗央の股間に意味深な視線を送った。
ユリナの微かな変化に気付く、
五十六の微妙な瞳の揺れから、アメリカンドッグが何を意味しているのか。
言葉にせずとも察した。
いや、察してしまった。
「これをどうすれば、いいか」
「食べるんだよね?」
男二人の生唾を飲む音が妙に生々しく、狭い車内に響き渡った。
暑さによるものではない変な汗が二人の背を伝う。
「そうだなあ。正解だよ、少年。フィニッシュはそれだよ」
ユリナよりも幾分は知識がある程度の麗央に五十六の言葉の意味を捉えるのは無理だった。
「食べる? え?」と己のモノを想像し、首を傾げるしかない。
「少年。分かってなさそうな顔だなあ」
「はあ」
「
「はあ?」
麗央にはますます、分からない。
アメリカンドッグが男そのモノであることを頭では理解していた麗央だが、それを
「少年。鈍いなあ。つまりだ。これを彼女さんの立派なメロンに挟んでもらうってことさあ」
「メ、メロン!? あ、え? ああ……」
麗央の頭上に疑問符を浮かばせかねない立派なメロンの言い回しだったが、そこで彼もはたと気が付いた。
己のアメリカンドッグをユリナに持たせ、思わず我慢出来ずに発射したことを思い出した。
そればかりではない。
何も着けていない
麗央の顔の温度がにわかに急上昇し、心拍数も上がる。
それを暑さのせいと捉えているのか、五十六は気にも留めずにさらに言葉を続ける。
「そりゃあ、もう気持ちよすぎて、天国なんだぜえ」
「は、はあ」
五十六にそのような経験は一切なかった。
全てが想像の産物であり、あくまで受け売りである。
彼自身は異性の手を握ったことすらない。
麗央は知識こそ、ないものの目隠しをしたユリナにあれやこれやと色々とやってしまった言わば経験者である。
直に触った時、その柔らかさと吸い付くような手触りを経験している麗央は己のアメリカンドッグがユリナの谷間に挟まれているのを想像し、思わず鼻血を吹き出しそうになった。
幸いなことに鼻血を吹き出しかねないほどに興奮したに過ぎず、五十六の愛車が悲劇に見舞われることはなかった。
「それで最後は舐めてもらって、咥えてもらうのさあ。これが気持ちいい訳さあ」
「舐めて……咥える……あ、あああ」
五十六はあくまで全てを想像で語っている。
想像だけでさも経験してきたことのように言ってのける五十六も大したものだが、それを真に受けている麗央も大概と言えよう。
しかし、五十六の行動は善意からのものである。
麗央とユリナがさらに仲を深められるようにと魔法使い予備軍真っ只中であるにも関わらず、妄想知識を披露したに過ぎない。
五十六にとっては如何ともしがたい誤算が生じていた。
麗央が知識を盛大に誤解しているとに気付かぬまま、五十六は「それで最後はこれさあ」と白い乳酸菌飲料を飲み干した。
その様子を見て、麗央の誤解はもう取り返しのつかない領域へと進んでいく……。
この間違った知識を鵜呑みにした麗央とユリナの間に一悶着が起きるのはまた、別の話である。
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