第75話 備忘録CaseVI・金の衣を着て②スタッフが美味しくいただきました
裏方では決して、世界に配信出来ない光景が広がる中、一行はようやく終着点に辿り着いた。
終着点もまた、醜悪にして不格好な代物だった。
身の丈はギガースとあまり変わらない。
三メートルを優に超える巨人であり、姿形は人間の姿を模していた。
足に当たる部分が蛇と化しているギガースと比べれば、大地をしっかりと捉える二本の足は人のそれである。
しかし、上半身はさらなる異形にふさわしい姿と言わざるを得なかった。
ギガースと同様に全身をぬめぬめとした黒い粘液を思わせる表皮に覆われているが、フォルムは人に近いせいか、浅黒い肌のように見える。
頭と思しき部位は半楕円を描いており、首に該当する部分が見当たらない。
異様なのは半楕円の根元部分から、左右にそれぞれ四つのモノが生えている。
左右を合計すると八個の楕円形のモノには中心に位置する半楕円のモノと同じく、無数の眼球が蠢いていた。
さらに異質なのは腕である。
腕らしきモノがたくさん生えていた。
左右それぞれに十本あり、合計でニ十本の腕らしきモノは各々が武装している。
壮観な眺めとすら言っても過言ではない。
見た目の醜悪さに目を瞑ればという前提が必要だったが……。
欧州の神話で描かれたギガースは神の眷属である。
だが『大迷宮』に現れたギガースはとても、神に連なる者とは思えない禍々しさをその身に宿した醜悪で不格好な生き物だった。
終着点もまた、同じだ。
”
口に該当する器官がないにも関わらず、唸るような囁くような耳障りな声でその者は叫んだ。
「ァヮレェュヮァ……カァミィニィガイサァレズ……チデハガァィサァレズゥゥゥ……ヮァレコソガァァ」
あまりにも耳障りな雑音だった。
拭い難い不快感は頭が受け入れることを拒絶するほどだ。
直接、相対する形となっていたイリスと
コメント欄も物凄い勢いで流れており、これが本日のライブを飾るラストバトルと捉えている視聴者が多かった。
「ふぅ~ん。面倒な相手みたいだけど……ねぇ、レオ
「何かな?」
麗央もさすがに学んでいる。
ユリナが間延びした喋り方をして、”くん付け”で呼んでくる時はあまり、よろしくないお願いのある時だと身をもって、学習している。
しかし、学んでいようともユリナの『お願いっ☆』攻撃にはとことん弱いのだ。
「私はアレを動けなくするから、レオはお空のアレを壊して欲しいの」
「空のアレって、アレかい?」
「そう。アレ。レオなら、出来るでしょ?」
互いの息が届く、距離で上目遣いに自分を見つめてくるユリナを前に麗央は無言で頷くしかない。
「ねぇ、いいでしょ? やってよぉ」と心無し潤んだ瞳で訴えられ、断れる度胸は麗央にない。
力強く、何度も頷くバケツ頭を見て、視線をふと外したユリナの口角が微かに上がっていたことに気付いた者は誰もいなかった。
裏方でユリナと麗央がそんな会話を交わしている間にイリスとテラの戦いは始まった。
数々の得物を振り上げ、巨躯を恃みに襲い掛かるラーヴァナを前にテラは怯まない。
巧みにガントレットを操り、攻撃を凌ぐ彼の姿がライブ画面に大きく、映し出される。
イリスを庇うように戦うテラの姿はコメント欄でも概ね、好意的に受け止められていた。
さながらお姫様を守る騎士のように見えていたからだ。
セットされていたオールバックの髪型が激戦の末に崩れていた。
それが乱れた前髪といった風に見えるらしく、女性視聴者のハートを鷲掴みにした。
しかし、テラの固定ファンも増えてきたところでにわかに異変が生じる。
異変の原因は麗央である。
ユリナに請われるがままに空で輝いていた偽りの茜色の天体に向け、渾身の一撃を放ったのだ。
麗央の剣術は養父である歴戦の戦士に叩きこまれたものだが、必殺の構えは独学で会得した物だった。
得物である朱塗りの鞘があしらわれた刀『雷切』を左手に持ち、右手はその柄に添えている。
腰を低く屈めると前に出した右足の膝をやや曲げながら、左足の膝は地面につくギリギリの位置まで後ろに伸ばした。
この奇妙な姿勢が麗央の会得した独特な構えである。
精神を統一するように両目を閉じた麗央はゆっくりと呼吸を整える。
麗央は「今だ!」と気合一閃させる。
麗央は『雷切』の鞘から抜き放ち、空の彼方に浮かぶ球体へ向け、力を解き放った。
抜刀術と収束させた力を一気に放出を組み合わせた強力な斬撃の破壊力は絶大だった。
風を切り裂く轟音が唸りを上げ、茜色の天体を見事に壊し尽くしたのである。
「次は私の番ね♪ これくらいの加減でいいかしら?」
麗央の勇姿を祈りを捧げて見守る聖女には程遠く、瞳にハートマークが浮かびかねない勢いで見つめていたユリナだが僅かに小首を傾げると不穏な単語を口にする。
既に役目を終え、右手で大人しくしていたユグドラシルを魔法のステッキでも振るうようにラーヴァナに向けて、軽く数度、振る構えを見せる。
「え?」
「むむむ?」
ニ十本の腕を自在に使い狂乱したように暴れ尽くし、手のつけようがなかったラーヴァナを前に防戦一方となっていたイリスとテラだが、突如として動きを見せなくなったラーヴァナの異変に動揺を隠せない。
ヒートアップしていたコメント欄も一瞬、サーバーがパンクをしたのかと疑うほどに静まりかえった。
三メートルを超える巨体が大地を離れ、宙に浮いていた。
ラーヴァナも何が起きたのか分からず、無数ある目が泳いでいる。
「ちょっとやりすぎたかしら?」
ユリナは舌をちろりと覗かせ、言葉の割にあまり反省している素振りを見せない。
麗央も「いいんじゃないかな」とどこか諦めたような声の調子だった。
目に見えない幾重にも巻かれた魔法の鎖がラーヴァナの体を雁字搦めに縛り、宙に浮かせていたのだ。
身動きも取れず、力の源である地との接触を断たれたラーヴァナは祝福の一つを失った。
さらに麗央の一撃で空に浮かぶ偽りの太陽を破壊されたことにより、二つ目の祝福――昼夜に害されず――も失っている。
ラーヴァナを守る祝福は残り二つだった。
神と人に害されず、武器により傷つかない。
この祝福は既に破られたも同然だった。
「イリス、今よ。ヤっちゃいなさい☆」
ユリナの存外に軽く、明るい調子の声にイリスがようやく我を取り戻した。
イリスの手でなます切りのように裁断されたラーヴァナは見るも無残な姿で呆気ない最期を遂げることになった。
奇しくも神でもなければ、人でもないイリスによって、武器ではなく体の一部である爪で命を奪われることになろうとは当の本人だけではなく、背後で糸を引いた者も予想していなかったに違いない。
ギガースだった氷の塊は
「これであの子を
YoTubeを影で動かしているユリナとはいえ、さすがにライブで殺戮や捕食の描写をそのまま、配信するのは気が咎めたらしい。
専門のスタッフにより描かれた可愛らしくデフォルメされたイリスとポメラニアンの姿のイザークの動くイラストに差し替え、『この後、スタッフが美味しくいただきました』の一文を付け加えたのである。
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