第59話 備忘録CaseVI・足癖の悪い歌姫

 幽霊列車にはある程度の力を持つ者しか、乗車が出来ない。

 このある程度の力は必ずしも『あやかし』だけに宿るものではなかった。

 あやかしと人の間に生まれた者。

 そして、にも現れる。


 変容はひょんな拍子に発露することがあり、何がきっかけとなって現れるのかは分からない。

 生死の境を彷徨う臨死体験がきっかけとなる者もいれば、何の兆しもなくすんなりと発露させる者もいる。

 えてして、そういった者には先祖を辿れば、あやかしの血が入っているものなのだ。


 しかし、歌姫リリーの歌はその原則を無視して、作用した。

 人類が持つ潜在能力と呼ぶべき人の体の奥底に眠る得体の知れない力を呼び起こしたのである。

 その結果、今までにない不可思議な才能を開花させた者がちらほらと出始めていた。


 それがハンターと呼ばれる者達だった。

 あやかしの太郎として活動していたイリスと同じく、半人半妖の者がその多くを占めていたがリリーの歌により、覚醒した純人間も少なくはないのだ。


 彼らハンターもまた、力がある以上、幽霊列車に乗る資格を有した者である。

 ただ、これは乗る資格を得ただけに過ぎない。

 何らかのつてやコネを使い、幽霊列車の噂を耳にすることで初めて資格を得られる権利を得られるのだ。


 そうして乗車したハンターの姿が幽霊列車の車内で見受けられたが、特にトラブルは生じていない。

 幽霊列車は治外法権を有する一種の中立地であり、PRO環太平洋機構の息がかかっている。

 そればかりか、FRE欧州連邦共和国EFユーラシア連邦も一枚嚙んでいるという噂すらあった。

 そのような場で騒動を起こした者がどうなるのか。

 それは知らない方が身の為というものである。




「あの……


 少しばかりの焦りとそうではない複雑な感情が入り混じった声で麗央が訴えた。

 真向いの席に座るユリナはロマンス映画のお姫様が、スクリーンからそのまま出てきたような恰好をしている。

 その割にいささか、はしたないと言われても否定が出来ない座り方をしていた。

 履いていた編み上げブーツを脱ぎ、長い足を対面の座席へと投げ出しているのだ。


「あら、。どうかしたのかしらぁ?」

「だからさ……」


 ユリナはファッション雑誌から目を離すことがなく、麗央へと目をやることはない。

 それでも抑えきれない感情が溢れ出るのか、僅かに口角が上がっている。

 投げ出されたユリナの爪先は麗央自身へと延びていた。

 ユリナは麗央の初心うぶな反応を楽しむように足の指を器用に使い、敏感な部分を念入りに探る。


「それなら、別にいいんじゃない?」

「いや、いいんだけど……そ、そうじゃなくてさ」


 会話が続いている間もユリナの絶え間ない責めは終わることが無く、麗央自身を爪先で優しく刺激したかと思えば、急に力を加えて扱く。

 緩急の入り混じった蠱惑的な責めを前に麗央は限界を迎えそうになるのだが、その前兆を感じるとユリナは愛撫をやめる。

 麗央は果てることも出来ない蛇の生殺しとなっていた。


 明らかに麗央自身がどういう反応を示すのかを知っているとしか思えないユリナの振舞いだった。

 だが麗央は何も知らない彼女だから、仕方がないのだと未だに考えている。

 それだけに強く出ることが出来なかった。

 緩慢にして甘く、世にも惨い拷問を精神力だけで耐え、どうにか凌ごうと決めていた。


 幸いないことに今回の旅にはユリナのフェンリルイリスが同行している。

 二人がいる状況ではユリナも軽挙な行動を慎んでいたからだ。

 ところが麗央の頼みの綱である二人は食堂車ビュフェに出掛けたまま、戻っていない。


「どうしたの?」

「な、なんでもないさ」


 ファッション誌に目を通しているのに満面の笑みを隠そうともしない上機嫌のユリナによる責めはその後も収まることなく、続けられた。

 ユリナも手探りで技を身に着けるのが楽しくて、仕方がなかった。

 最初の頃はたどたどしい動きをしていた足の指も今では、適切に麗央の敏感で弱い部分をいたぶるように刺激出来る。

 麗央の必死に耐えているとしか思えない表情を喜んでいるとユリナは質が悪い。


(覚えちゃった♪)


 ファッション雑誌で自然と緩み、弧を描く口許を隠し、舌なめずりするユリナはまるで捕食者である。


(これはもう無理かもしれないな……)


 精神力の化け物と呼ばれたさしもの麗央もさすがに観念し、そのまま快楽に身をゆだねようとしたまさにその時だった。

 救いの神とも呼ぶべき声が聞こえてきた。


黄泉比良坂よもつひらさか。次の駅は黄泉比良坂でございます』


 巡回する車掌の声にようやく、麗央は生殺しから解放されたのである。

 ユリナがやや殺気を帯びた目で軽く、舌打ちしたかどうかは定かではない。

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