第50話 備忘録CaseV・妖退治の配信者

 あざとい系黒髪ロリYoTuberとして、確固たる地位を築きつつあるダリア。

 清純派お色気系YoTuberとしてデビューし、現在は赤い糸で結ばれたとカップルYoTuberとしての配信に切り替えたドロシア。

 七人組男性ユニットとして、順調にファンを増やしつつあるリ・トス。


 歌姫リリーがプロデュースしたYoTuber全員が成功を収めていた。

 そして、リリーがプロデュースする新たなYoTuberのデビューが予告され、世間を騒がせる。

 その名は『イリス』。

 リリーの妹であるという発表がさらに世を賑わせる。


 先行して公開されたPVがシルエットのみだったことも重なった。

 ネットでは様々な憶測が飛び交うことになる。

 シルエットで辛うじて分かるのは『イリス』が、振袖らしき着物と袴のような物を着ていることだけだった。

 『イリス』と彼女が手に抱いている『何かしらの生き物』。


 謎が謎を呼び、相乗効果を生む。

 これを知らないユリナではなかった。

 『イリス』とのデビューまで徐々に情報を公開することで巧みにリスナーの心理を扇動した。




 そして、迎えたYoTuber『イリス』のデビュー当日である。

 ライブ配信待機者数は記録を更新したリ・トスをも遥かに超える人数が集まった。


 イリスは振袖を思わせる白生地の着物に赤い袴を合わせた和装ファッションを身に纏い、はにかむような笑みを浮かべた。

 腕には自分と同じ銀の光を放つ毛のポメラニアンらしき小さな犬を抱えている。


 シャギーカットがされたショートボブのシルバーブロンドがさらさらと風に靡き、未だに慣れていないのか僅かに揺れ動く瞳は左右の色が異なっている。

 右の瞳は微かに輝いて見える黄金の色をしており、奇しくも腕に抱いたポメラニアンの双眸が同じ色で輝いていた。

 ただ、その瞳の輝きはイリスよりも遥かに強く、まさに爛々と輝くという言葉がふさわしいものだ。


「み、み、みんな~! 僕、イリスだよ」


 イリスは何度も練習を重ねたにも関わらず、出だしの言葉から舌を噛んでしまう。

 だがその様子が初々しいこともあり、コメント欄は興奮する視聴者のコメントで埋まっていく。

 チャンネル登録者数が目まぐるしく動いていくのは決して、気のせいではない。


「吾輩はフェ……モゴモゴ」


 そんな様子を気にも留めず、腕に抱かれていた相棒のポメラニアン(もどき)が、言葉を発した。

 バリトンボイスの落ち着いた声はいわゆるイケボと呼ばれる部類に入る声質だ。

 可愛らしい見た目のポメラニアンには不釣り合いな声でもあり、口パクもぴったりだったことから、コメント欄は紛糾する。


 イリスはと言えば、何かを口走りそうになった相棒のポメラニアン(もどき)の口を押え、どうにか全部を言わないようにするのが精一杯である。


「このわんこさんはイ、イ……ザックだよ。そう。ザックなんだ。みんな~、よろしくね」

「ふんっ。仕方ないのである。吾輩はザックである。よろしくなのである」


 渋々といった表情をしているのがポメラニアン(もどき)でありながらもはっきりと分かる。

 ふてぶてしさを隠そうともしないその面構えにはどこか、風格さえ感じられるものだ。


「さ、さて。みんな~、僕達はこれから、悪いヤツをやっつけに行くよ」


 チラッチラッとカンニングペーパーを確認したイリスはそんなザックの様子など、お構いなしに本日のデビュー配信を何とか繋げようと台詞を読み上げた。

 当然のように棒読みそのもので感情の欠片も込められていなければ、臨場感もさっぱり感じられない。

 しかし、コメント欄が凄い勢いで回っている。

 ここまで全てがユリナの思惑通りに動いていた。




「ねぇ? 私の言った通りでしょう?」

「そうだね」


 画面越しではなく、実際に配信中の兄と妹を見ながら、さらっと言ってのけるユリナを前に麗央は苦笑するしかない。

 口と態度こそ、自信に満ち溢れたユリナが実のところ、二人のことが心配で堪らず、影から見守っている。

 そのことを知っているのは麗央だけだった。


退を配信するのは新しいよね」

「でしょう?」


 ユリナが考えた筋書きは簡単なものである。

 これまで人と関わることが少なかったイリスに普通のライブ配信は酷であると判断した。

 イリスが感情を素直に吐露したり、キャッチボールのようにコミュニケーションを取ることは難しい。

 それがどれだけ、困難なのかは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、イリスには幸か不幸か、ハンターとしての高い素質がある。

 その身に流れる人ならざる者の血が、そうさせているとしか思えなかった。

 ユリナはイリスのその才を伸ばすべきだと考えた。


 だが、イリス一人では荷が重い。

 そこで考えたのが兄である白銀の巨狼フェンリルだったを利用する手だった。


「それに人間はかわいいものが大好きなんだからっ♪ かわいい女の子とワンちゃんに勝てる者はいないわ」


 自信満々なユリナの様子に「君の方が可愛いさ」と言おうとした麗央の唇を柔らかいものが遮った。

 鼻をくすぐる花の甘い香りに包まれ、麗央は引き寄せられるようにユリナの腰へと手を伸ばし、その体を支える。

 何度も啄むように口付けを交わし、互いに求め合いながらも未だに初々しさの抜けきらないユリナと麗央の睦み合いを他所に一人と一匹の初めての冒険が幕を開けようとしていた。

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