第44話 備忘録CaseV・半分こ
その者に名はない。
この世に生を受けた時から、忌み嫌われ呪われた存在だった。
理由はその出自である。
母親は代々、
口寄せ――異界に起源を持つ霊体を我が身に憑依させる術――いわゆる降霊術を口伝してきた一族である。
その中でも傑出した力を持つ少女が、
いや、されたのだ。
父親は名を出すことさえ、
それもそのはず。
決して、その名を口にしてはならない人ではない存在だった。
異界との間に開いた
高次元生命体と呼ぶのが正しいそのモノはこちらに来る機会をずっと窺っていたのだ。
彼女の体を介して、こちらの世界に仮初の肉体を構築したモノは極めて、邪悪な性質の持ち主だった。
同性さえも見惚れる美貌を持っていた。
巫女はまだ恋を知らぬ乙女だったこともあり、手練手管に長けたそのモノに文字通り、骨抜きにされた。
一族の者が異変に気付いた時には既に時遅しだった。
散々に犯し尽くされた巫女はコワサレタ。
そして、蒔かれた種は胎内で芽吹き、望まれない忌み子がこの世に生まれ出でた。
心だけではなく、体も限界に近かった巫女は出産と引き換えに命を失ってしまう。
父は存在せず、母も失った
座敷牢に閉じ込められながらも高い教育と厳しい躾をされて、
そこに愛情がなかったのではない。
祖母は
しかし、それも祖母の死によって、失われた。
女子供、長幼問わずに皆殺しである。
『忌み子』を匿っていたことを問題視した『タカマガハラ』の手による虐殺劇だったのだ。
生き残ったのは
その血に宿る呪われた力が、奇しくも身を守ったのだ。
辛うじて息のあった祖母は「これが
その言葉は怒りに心を支配されかけていた
厳しくも愛情をもって育ててくれたことを知らぬ訳ではない。
交わす言葉こそ、少なかったものの自分は愛されていたのだと分からぬ訳ではない。
だから、怒らない。
そして、恨まない。
「ばあちゃん。分かったよ」
溢れる涙を拭い、
それから、暫くしてのことである。
人知れず、この世の闇に怯える弱き人々を助ける
その名は
本当の名は誰も知らない。
なぜなら、本人さえも知らないのだから……。
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